つんく♂「『勇気を持って休む』が大人の合言葉」声帯摘出を経て見つけた“自分にとっての幸せ”
9年前、喉頭がんを患い、声帯摘出手術を受けた音楽家のつんく♂さん。アーティストのプロデュースだけでなく、バンド「シャ乱Q」のボーカルとしても活躍していたが、当時は病状が進行していたために「声帯を摘出することに対して葛藤している時間もなかった」と語る。歌うことはもちろん会話することも難しくなり、テキスト中心でのコミュニケーションとなったものの、「現状の中で楽しみを見つけながら充実した毎日を過ごしている」と話すつんく♂さん。病気を経て、前を向いて生きるために心がけていることを聞いた。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
声帯摘出後は家族とのコミュニケーションに悩んだことも
――つんく♂さんが喉頭がんを患ったことを公表されてから9年が経過しますが、現在はどのように過ごされていますか? つんく♂: いまはハワイを拠点に生活をしています。ハワイの湿度は、僕の体にちょうど良くて、呼吸もしやすいんです。音楽を考えるという面でも、アメリカという文化を肌で感じることができるので楽しいです。ハワイで車中FMなんかを聴いてますと、これまではラテンで陽気な感じのポップスやクールなビルボード上位人気曲が中心でしたが、最近はK-POPなどを中心にJ-POPを含めたアジアンミュージックもラジオから流れてきて、幅広いジャンルの音楽に自然と触れられています。円安と物価高は強敵ですけどね(笑)。 がんを患ってからあっという間の月日でしたが、ありがたいことに毎日充実していて元気に過ごせています。ただ、日本に戻るといろいろと検査をしていますね。会社から案内される健康診断などを年に1回程度受診されている人も多いと思いますが、僕も皆さんと同じように血液検査や胃カメラ、CTなど検査しています。 がんを患ってから、検査をすることの重要性を感じています。健康診断ってどうしても先延ばしにしてしまいますよね。病院に行ったら待ち時間が長いなって思うし。でも、病気の発見が遅れたら後悔しかない。だから「勇気を持って休む」。これが、大人の合言葉だと思います。生きていないと意味ないですから。 ――がんの告知があったとき、すぐに声帯の摘出に踏み切ったのでしょうか。 つんく♂: 春にがんが見つかって、当初は放射線療法などで治る予定だったんです。でも、治りきりませんでした。それで、摘出をすることになりました。今となっては摘出以外の方法はなかったのかなと思いますね。呼吸するのも苦しいくらいに腫瘍が大きくなっていたので、葛藤している時間はありませんでした。 ――声帯の摘出をされたあとは、主に文字を書いたりタイピングしたりしてコミュニケーションを取られていますね。 つんく♂: 最初は、100円ショップで売っているような小さなホワイトボードを使って会話をしていました。子どもがまだ6歳で、ひらがなくらいしか読めなかったので、ひらがなで書いていましたね。ジェスチャーも使っていましたが、伝えたいことを書くのには時間がかかるので、僕も家族もイライラしていました。 ――声帯を摘出されてから、発声練習もされたのでしょうか? つんく♂: 手術をする前にガイダンスがあって、食道を使って発声する訓練のための教室があることを知りました。僕のように声を失った方々がその教室に通うんですが、その教室の指導者も僕と同じように声を失った先輩方なんです。 思えば20歳台後半から長らく音楽を指導する側で仕事してきましたが、このときは誰かに何かを習うというかたちで、声の出し方の指導を受けたわけです。それは久しぶりの感覚でとても新鮮でした。物事を習うのは、教える方も忍耐だと思いましたし、褒められるってこんなに嬉しいことなんだということを実感しました。 また、同じ病気を経験した人があの教室のように一箇所に集まるのは貴重な機会だなと思います。僕にとっては習い事に通うような感覚にも近かったのですが、それ以上に幼い子どもたちのためにも早く習得しなければならないと感じていたので、訓練をしているときは本当に必死でした。 今では子どもたちがチャットも使えるようになったので、LINEなども併用して会話しています。今の時代は声の有無関係なく、どなたでもテキスト中心で日常コミュニケーションをしていると思います。昔みたいに長電話もしなくなりましたしね。なのでずいぶん楽ですね。 電話だと1対1ですが、LINEなどのツールだと何人も同時に会話ができるし、返事までに間があっても変じゃない。なので、声のある人とあまり変わらない生活をしているように思います。学校から帰って来ると子どもたちはすぐに自分の部屋に入っちゃいますから、結局テキストで「ご飯だよ」って話しかけちゃってます。ただ、タイピングするにしても、コメントを出すにしても、話すよりも時間がかかるので言葉数は最小限になってしまいます。声で話をしていたときより、最少文字数でいかに相手に伝えるかということを考えるようになりました。 ――文字で表現するコミュニケーションのメリット・デメリットをどう感じていますか? つんく♂: 会話だと「言った、言わない」とかもあるし、擬音などを使ったニュアンス的な言葉で誤解を生んでしまうけど、テキストなら時間や場所を確実に伝えることができますよね。逆に、何でもはっきりしちゃうというデメリットもある。「ほら19時って書いてるし~」みたいなミスもしっかり残ってしまうので、発言を撤回しにくいっていうのはありますよね(笑)。あと、会話って言葉のトーンやニュアンスで乗り切れますが、文字だけになるとそうもいかない。昨今のSNSの炎上もその類いだと思います。 ただ今の若い子たちは、テキストでやりとりする中で、行ったり来たりの言葉のラリーによって生まれるコミュニケーションを楽しんでいるでしょうし、絵文字やスタンプで和ませるということもしますよね。既読スルーなんていうのも一つの手段でしょうね。コミュニケーションにおける新しい空気感が生まれてきましたよね。