「人形浄瑠璃文楽」の魅力とは?“最後の公演”初体験レポと竹本織太夫さんが語る「存続の危機」
57年間の長きに渡り東京での文楽公演の拠点であった初代国立劇場が、建て替えのため2023年10月末より閉場しました。文楽初心者の著者が、2023年8月から9月にかけて開催された初代国立劇場での最後の公演「初代国立劇場 さよなら特別公演」に潜入。初体験ならではの無垢な目線でその魅力を発見し、レポートします。 【文楽とは】 人形浄瑠璃文楽は、日本を代表する伝統芸能の一つで、太夫・三味線・人形が一体となった総合芸術。文楽のルーツである人形浄瑠璃は、江戸時代初期に誕生。その後、明治期になり、興業師・植村文楽軒の名から人形浄瑠璃は「文楽」と呼ばれるようになった。ユネスコにより2003年、ユネスコ無形文化遺産に登録。
「初代国立劇場 さよなら特別公演」へ潜入 取材・文=キンマサタカ
私が国立劇場を訪ねたのは、2023年9月11日。午前の部の「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」、午後の部の「寿式三番叟(ことぶきしさんばそう)」「菅原伝授手習鑑」、夜の部の「曾根崎心中(そねざきしんじゅう)」の3部構成で公演が開催されていて、私が鑑賞したのは第3部の「曾根崎心中」。悲恋を描いた近松門左衛門の代表作で、私でもその名を知る有名な作品です。 会場に入れば、客の多くは女性であることに気づきます。なぜだか、上品な雰囲気をたたえた方が多い。着物を召した方もいて、ここはひとつの“ハレの場”であることを感じました。 開演のブザーが鳴り、幕が開きます。拍子木を持った黒衣が舞台の始まりを告げると、会場右手の壁が突然割れた⁉、そう思ったら、勢いよく回転して、着物を着た男性が現れました。おそらく演者なのでしょう。なんともダイナミックな仕掛けです。 客席上手に張りだしたのは「床(ゆか)」と呼ばれる専用の演奏台です。その上にいるのは、太夫と三味線。「べべん」と響く三味線。そこに重なる太夫の声。2人の掛け合いはまるでジャズのセッションのように、心地よいリズムを刻んでいきます。 そして気になるのは人形です。文楽とは人形浄瑠璃のことですから、人形は文楽のアイコンともいえます。舞台上で人間のように動く人形。太夫と三味線の掛け合い、ダイナミックで、時に繊細な人形の動き。太夫と三味線の掛け合いがボーカルとギターなら、それにあわせて動く人形はダンサーでしょうか。 私たちの視線は、舞台の真ん中に注がれます。物語の主要人物となる人形は3人で操ると決まっているらしく、人形の周りには多くの黒衣の姿が見えます。人形遣いの中に、一人だけ顔を出して操る者がいて、これは大ベテランの方でしょう。昔はみなが黒衣だったそうですが、「どんな人が操っているのか見たい」という客のニーズに応えた結果、いまの形に落ち着いたそうです。 舞台上には大勢の人形遣いたち。賑やかでありますが、その巧みなさばきに見惚れるうち、人形が舞台を所狭しと動いているような感覚にとらわれます。人形が前面に立体的に飛び出し、黒衣が背景になった瞬間でした。 人形遣いにより命を吹き込まれた主人公とヒロイン。太夫の声と、三味線が物語をゆっくりと進めていきます。 太夫の独特の語り口は「義太夫節」と呼ばれるものです。情景や心情を「語り」で三味線の音に乗せて伝えるのですが、一音一音に気持ちを込めて上方のイントネーションで情緒たっぷりに語られるゆえ、初見の人には少し理解しづらい箇所もあるでしょう。 ここで役に立つのが、事前に借りたイヤホンガイドです。私のような初心者に向けて、演目の最中に見どころを余すことなく紹介してくれる便利グッズで、ベテラン文楽ファンはこれを「ささやき女将」と呼ぶそうですが、時代背景や所作の機微など、見ているだけでは理解しづらいポイントを的確に教えてくれます。800円ほどのレンタル料ですが惜しまないでよかったと心から思いました。