「紫金山・ATLAS彗星(C/2023 A3)」は大彗星にならないという予測が発表
その結果、紫金山・ATLAS彗星は2024年4月15日(最接近の165日前)から暗くなり始めていること、それ以前の同年3月21日(最接近の190日前)には一時的な明るさの増大が見られることが分かりました。 こうした明るさの変化について、セカニナ氏は彗星核の分裂が原因だと考えています。彗星核が遅くとも2024年3月21日までに分裂したと仮定すれば、表面積が増大するために昇華する揮発成分が一時的に増し、明るさも増えたと説明できます。しかし、細かく分裂した彗星核では揮発成分が一気に枯渇するため、その後は暗くなる一方となります。 紫金山・ATLAS彗星の画像から分析されたコマの形状は、尾の方向に長く伸びています。このような形状は通常の彗星ではみられないものですが、今回の説における揮発成分の一時的な増加はこの形状を説明可能です。また、紫金山・ATLAS彗星は公転軌道から考えると、元々揮発成分に乏しいタイプの彗星核であると予測されていることから、分裂後はほとんど明るくならないだろうとセカニナ氏は予測しています。さらに、太陽に対する最接近距離が約5900万kmであることから、分裂した彗星核のほとんどがこの通過を生き延びられず、生き残った大きな破片も暗すぎて観測が困難であると予測されます。
■より正確な彗星の明るさ予測に生かされる研究
今回のプレプリントは、長年にわたって彗星の研究を行ってきたセカニナ氏の心情が反映されているかのような文章があちこちにあります。例えば、彗星の明るさの予測についてセカニナ氏は「何度も惨めに外れて(failed miserably on a number of occasions)」いると表現していますが、これは予測の難しさを誰よりもよく知っており、自身が悔しい思いを経験したことを反映しているのかもしれません。 セカニナ氏は今回のプレプリントについて、紫金山・ATLAS彗星の観察を楽しみにしている人を落胆させるためのものではなく、より正確な彗星の明るさの予測を行うための科学的な論拠を示すためだとしています。これは、次のような記述に集約されています。 ==引用文== The purpose of this paper is not to disappoint comet observers who have been looking forward to a new naked-eye object this coming October, but to present scientific arguments that do not appear to substantiate such hopes. Even though the prognostication of preperihelion disintegration of comets is admittedly a very risky undertaking, I believe that the time has come to go ahead with it. 「この論文の目的は、今年(2024年)の10月に肉眼で見える新しい天体を期待していた彗星観測者を失望させることではなく、そのような期待を裏打ちするとは思えない科学的論拠を示すことである。彗星の近日点(太陽への最接近)前での(彗星核の)崩壊の予測は確かに非常にリスキーな試みではあるが、私は今こそそれを実行に移す時だと信じている。」 == 実際、彗星の核が太陽に接近するはるか手前で分裂するという事例は観測例こそあるものの、十分な観測結果が収集された後の研究で判明した事例が多いため、地球に接近するはるか手前で予測するのは困難です。観測データが十分ではない段階で彗星核の崩壊を予測した今回のセカニナ氏の研究は、これからの彗星の明るさ予測をより正確にするきっかけとなるかもしれません。 なお、冒頭でも記述した通り、この研究はプレプリントの段階であり、少ないデータに基づいて予測が立てられています。このため、本記事で解説した内容がその後の観測結果と合わなくなる可能性もあります。この点について、セカニナ氏のプレプリントの結びの文を引用する形で言及しながら、本記事を終了します。 ==引用文== As observations continue and the data in the paper get increasingly incomplete, some of the numerical results may be affected. Apologies. 「観測が継続され、論文のデータがますます不完全になるにつれて、数値結果の一部が影響を受ける可能性があります。申し訳ありません。」 == Source Zdenek Sekanina. “Inevitable Endgame of Comet Tsuchinshan-ATLAS (C/2023 A3)”. (arXiv)
彩恵りり / sorae編集部