「腸内環境」が変わると「睡眠の質」はどこまで上がる?気になる「乳酸菌」と「睡眠」の影響を科学的に検証する
腸内マイクロバイオータによって睡眠を操作できるか
では、腸内マイクロバイオータの組成を人為的に操作することで睡眠の質を改善できるのでしょうか? ここで、睡眠障害が起こる慢性疲労症候群についての研究を紹介しましょう。 慢性疲労症候群は、ある日突然激しい全身倦怠感に襲われ、頭痛や関節痛、抑うつ症状などが長期間続き、睡眠障害をきたし、社会生活が送れなくなってしまう疾患です。この患者では、腸管バリア機能が低下して、腸から本来透過することはない未消化物や老廃物、微生物成分が血中に漏れ出すようになっています。このような状態をリーキーガットと呼びます。 さらに、腸内マイクロバイオータや腸内代謝物が体内に混入することで炎症反応が起こるため、自己免疫疾患やアレルギー性疾患、感染症などのさまざまな疾患を引き起こすことが報告されています(※参考文献3-17)。 このように、体内に漏れ出した物質が疾患を引き起こすことをリーキーガット症候群といいます。しかし、どのような機構で慢性疲労症候群を発症するのかについては、まだ解明されていません。 慢性疲労症候群の患者の腸管バリア機能を改善するために、腸内マイクロバイオータを除去する目的で抗菌剤が6日間投与されました。すると、腸管バリア機能を低下させる原因となっていた細菌類が死滅することで腸内マイクロバイオータの組成が変化し、睡眠時間が長くなるだけでなく、日中の眠気が起きにくくなった、つまり夜間の睡眠の質が向上しました(※参考文献3-18)。 この結果から、腸内マイクロバイオータの組成が慢性疲労症候群に関係している可能性が考えられます。
腸内マイクロバイオータと睡眠の相関関係
マウスでも、腸内マイクロバイオータと睡眠の質の関係を調べる実験が行われました。 マウスに乳酸菌の一種であるラブレ菌を4週間経口投与すると、睡眠リズムが整い、暗期(マウスにとっての活動期)の活動量が増加しました(※参考文献3-19)。ラブレ菌は、ヒトの健康によい影響を与える「プロバイオティクス」の候補です。 一方、プレバイオティクスであるラクトフェリンを離乳期のラットに投与し続けると、成獣期(ヒトでいうところの成人)には腸内マイクロバイオータの多様性が増加します。すると、寝ているときに物理的な刺激を与えて起こしたとしても、睡眠障害が起こりにくいと報告されています。 これらの結果から、腸内マイクロバイオータの組成を変化させることで、睡眠時間だけでなく睡眠の質も制御できる可能性が見えてきたのです。こうして、腸内マイクロバイオータと睡眠との相関関係が明らかになりました。 しかし、どのような細菌がどのくらいの数存在すれば睡眠によい影響を与えるのか、また、腸内マイクロバイオータの何が睡眠に影響を与えているのか、といった因果関係についてはまだ明らかになっていません。さらに、ヒトでも同様のことが起こっているのかは、さらなる研究が必要です。 ※参考文献 3-15 Ogawa Y et al., Scientific Reports 10, 19554, 2020. 3-16 Smith RP et al., PLoS ONE 14, e0222394, 2019. 3-17 Maes M et al., Journal of Affective Disorders 99, 237-240, 2007. 3-18 Jackson ML et al., Sleep Science 8, 124-133, 2015. 3-19 Miyazaki K et al., Life Sciences 111, 47-52, 2014. * * * 初回<なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる腹痛の正体>を読む
坪井 貴司(東京大学大学院総合文化研究科教授)