『君たちはどう生きるか』でさらなる高みへ―巨匠・宮崎駿が示すアニメーションの可能性
数土 直志
2013年の「引退宣言」を撤回、10年ぶりの長編アニメーションが2度目の米アカデミー賞に輝いた宮崎駿監督。スタジオジブリ作品として、海外では過去最大のヒットとなった。その背景と宮崎アニメの神髄を探る。
国内よりも海外で高評価
2023年7月、前作『風立ちぬ』から10年ぶりの宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』が公開されると、賛否両論が巻き起こった。 まず、「分かりにくい」という声があった。明確に説明されない部分が多く、読み解くのは鑑賞者次第の部分が大きいのだ。一方で、これまでの作品に比べて一段と自由奔放で、表現力豊かな手描き作画やイマジネーションの飛躍に魅了される人たちもいた。 公開前から、その「異例さ」が話題になった。ひとつは出資者を募らず、製作資金をスタジオジブリが全額出資したこと。この選択により、完成期日を設けず、監督が納得するまで作業を続けることが可能になった。だからこそ、豊かなイメージと重層的な物語が生み出されたのだろう。 具体的な情報を封印する戦略も話題を呼んだ。公開前の予告映像や場面写真、あらすじやキャラクターはもちろん、制作スタッフのクレジットも伏せられ、披露されたのは劇場用ポスターだけだった。この戦略により、作品への期待が高まると同時に、公開後の作品を巡る議論も活発となった。 一方、興行収入を見ると、93.3億円(2024年5月12日現在:興行通信社調べ)で、1997年の『もののけ姫』から続いていた100億円超えには届かなかった。 むしろこれまで以上の大きなムーブメントを巻き起こしたのは海外だ。2023年12月に北米で “The Boy and the Heron” のタイトルで公開されると、すぐに週末興行ランキングのトップに立った。米国で海外映画がトップになるのは異例のことだ。最終的な興行収入4679万ドル(2024年4月30日現在:Box Office Mojo調べ)は、これまで北米公開されたスタジオジブリ映画のトップだった『借りぐらしのアリエッティ』(12年 “The Secret World of Arrietty”/宮崎駿は企画・脚本担当)の2.5倍にもなった。 米国だけではない。24年4月3日に公開された中国では同月末までに7.7億元(猫眼電影調べ)、日本円で約160億円超の興行成績を残している。スタジオジブリ作品としては過去最高、中国で公開された邦画としても歴代2位の成績だ。『君たちはどう生きるか』は、日本以外のほとんどの地域で宮崎監督の過去最大のヒット作なのである。 作品の評価も極めて高い。24年2月に海外映画としては初めて米国の第81回ゴールデングローブ賞で最優秀アニメーション映画賞受賞、3月には米アカデミー賞でも最優秀長編アニメーション賞に輝く。 さらに5月のカンヌ国際映画祭は、宮崎駿と故・高畑勲らの功績をたたえ、スタジオジブリに名誉パルムドール賞を授与した。これも『君たちはどう生きるか』公開のタイミングと無縁ではないはずだ。今、世界の映画界で宮崎とスタジオジブリは、新たな高みに立っている。