『君たちはどう生きるか』でさらなる高みへ―巨匠・宮崎駿が示すアニメーションの可能性
『もののけ姫』『千と千尋』で世界的巨匠へ
日本では『風の谷のナウシカ』(1984年)を契機にその作家性が注目され、一般的知名度も高まっていった。海外でも『となりのトトロ』(88年)や『魔女の宅急便』(89年)はビデオ発売などを通じて人気を得るが、スタジオジブリも宮崎駿もまだ広く認知はされていなかった。 それまでの作品より難解になった『もののけ姫』が1999年に北米公開されると、映画作家としての評価が高まっていく。決定打は2002年、ベルリン国際映画祭『千と千尋の神隠し』の金熊賞受賞だ。アニメーション映画が同賞を受賞するのは初めてだった。単純なエンターテインメントとは一線を画し、さまざまな解釈や読み解きを要する作品であることが、世界的評価につながったのではないだろうか。 いま世界の映画界では、アニメーションの可能性に新たな関心が高まっている。今年のカンヌ国際映画祭では、「オフィシャルコンペティション」「ある視点」「監督週間」といった主要部門でアニメーション作品が上映された。子ども向けのジャンルではなく、一つの映画表現として存在感が増している。『千と千尋の神隠し』は、そのきっかけを作ったといえる。宮崎駿とスタジオジブリの名誉パルムドール受賞には、そうした背景もあるだろう。
未来を信じること
子どものためにアニメーションを作っている―宮崎は、その思いをしばしば強調する。その信念は、作品の終盤で常に未来への希望を提示することに表れている。『風の谷のナウシカ』のナウシカは滅びゆく世界でも希望を捨てない。『君たちはどう生きるか』では、眞人は新しい家族を受け入れる。 現実の世界は、暗いニュースばかりだ。その「悪意のある世界」の中でも、ポジティブでいること、明るい未来を信じること。これこそが宮崎駿の子どもたちに対するメッセージである。だが、希望ある未来に引かれるのは、子どもだけではない。親も、またその親世代も同様だ。世代を超えて心に響くのは、単純なストーリーではなく、大人でも真正面から挑み、思考することが求められる複雑さを内包しているからだ。 重層的な世界観、妥協を許さない展開、ともし続ける希望の灯で子どもも大人も引き込む魅力があること。それこそ、世界が求める日本アニメの方向性であると同時に、映画表現としてのアニメーションの可能性を広げる鍵なのではないだろうか。
【Profile】
数土 直志 SUDO Tadashi ジャーナリスト。アニメーションを中心に国内外のエンタメ産業に関する取材・報道・執筆を行う。大手証券会社を経て、2002年にアニメーションの最新情報を届けるウェブサイト「アニメ!アニメ!」を立ち上げ、編集長を務めた。現在は「アニメーションビジネス・ジャーナル」を運営する。2023年より「新潟国際アニメーション映画祭」プログラム・ディレクター。主な著書に『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか』(2022年、星海社新書)。