「自炊できない」のは果たして真に「恥ずかしいこと」なのか…「自炊せよ」というプレッシャーの不思議さ
人々の多様な幸福を実現するために
現在、料理する権利はいたるところで奪われている。ワンルームについているおもちゃのようなキッチンは、人々の料理する権利を奪っている。役立たずのキッチンは、トイレのないアパートと同じくらい人間の住むところではない。これは過激と思われるかもしれないが、もし自炊することの価値を私たちがほんとうに認めるならば、建築にまつわる法の中に「料理基準」が設けられ、料理ができる適切な器具とスペースを備えることが義務付けられてもよいはずだ。そして、スーパーに関しても、一人暮らしの人々が料理できるようなサイズと量の具材を販売すべきである。そして何より、現在の長い通勤時間を平然と強いるような労働環境に対して批判を行うべきであり、たとえば仕事終わりや休憩中にさっと買い物に行けるフルリモートが義務付けられてもいいくらいだと私は考えている。 そして、社会に対して、もっと生活を改善せよ、と声を挙げていくべきである。これらの要求はあまりに過大で強欲だろうか。私はそうは思わない。個人に「風味」を感じよと命じたり、「セルフケア」を奨励したり、「伝統」とのつながりを夢見させたりするほうがよっぽど傲慢で苛烈である。私たちは、生活がつねに社会的なものであることに気づくべきだ。様々な人々によって個人化されてしまう自炊の問題、それを引き受けなくていいのだ。私たちは、自炊できないことに焦りや恥を感じなくてもよい。むしろ、感じないことから、自炊をめぐる問題を社会化し、真に社会問題として解決していけるようになる。 〈参考文献〉 Bowen, Sarah, Joslyn Brenton, and Sinikka Elliott.2019. Pressure cooker: Why home cooking won't solve our problems and what we can do about it. Oxford University Press. Sugar, Rachel. 2019. How did home cooking become a moral issue? https://www.vox.com/the-goods/2019/3/5/18250471/home-cooking-moral-pressure-cooker. Wenar, Leif. 2023. "Rights", The Stanford Encyclopedia of Philosophy. The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Spring 2023 Edition), Edward N. Zalta & Uri Nodelman (eds.), URL = https://plato.stanford.edu/archives/spr2023/entries/rights/. 土井善晴.2021.『一汁一菜でよいという提案』新潮社. 三浦哲哉.2024.『自炊者になるための26週』朝日出版社. 山口祐加.2023.『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』晶文社.
難波 優輝(美学者・会社員)