わいせつか芸術か。アメリカで急増するアート検閲から表現の自由を擁護するNPOの活動を追う
板挟みのキュレーターにも支援と連帯の場を
このような調整や交渉の最前線に立っているのは美術館の職員たちだ。それを考えると、NCACが元キュレーターのエリザベス・ラリソンをACAPのディレクターとして採用したのも不思議ではない。 2022年8月から同プログラムのディレクターを務めているラリソンが取材で語ったところによると、NCACが展示施設のキュレーションのプロセスに介入する場合、ある種の「グレーゾーン」が生じるという。そのため、企画時の決定が論争や検閲につながるかどうかについては、NCACは意見を挟むのを控えるという。展示施設で何を見せるかを決めるのはその施設とキュレーターたちで、NCACが口を出すことではないとラリソンは明言している。同団体が介入するのは、展覧会に並ぶ作品やプロジェクトの内容が決まった後のことなのだ。 ACAPを切り盛りしているラリソンが日々の大半を費やしているのは、「ケース・マネジメント」と呼ばれる仕事で、人を介して、あるいは同団体のウェブサイトから報告された急を要する検閲問題に対処している。最近彼女が関わった事例には、今年2月にインディアナ大学のシドニー&ロイス・エスケナージ美術館で開かれる予定だったパレスチナ系アメリカ人画家、サミア・ハラビーの回顧展がある。ハラビーは昨年12月に同美術館から手紙を受け取り、「安全上の懸念」を理由に展覧会を中止すると通告された。 この件は、何人かを介してNCACに伝わったとラリソンは振り返る。彼女は1月に声明を出し、大学側に決定を撤回するよう求めた。その中で彼女は、中止の理由になり得るのは「このアーティストの親パレスチナ的な主張と活動」であり、彼女の抽象画そのものは物議を醸すとは考えにくいと指摘。ハラビーはすでにこの展覧会の準備のためにかなりの労力をかけていたこともあり、NCACは美術館に対し改めて展示スケジュールを組み直すよう要請した。この記事の執筆時点ではインディアナ大学からの回答はないが、ハラビーの別の個展がミシガン州立大学のブロード美術館で開催されている。 このような問題を効果的に解決するには、素早い対応が肝心だ。そのため、ラリソンは柔軟さとニュース性を重視しながら、日々スピード感を持って仕事をしている。その一方、息の長い仕事も彼女の職務の大切な一部だ。それは主に、外部の目が届かない組織内部の抑圧に関するもので、アーティストと、企画内容に口を挟もうとする政府や民間組織の間で板挟みになることが多いキュレーターの支援に焦点を当てている。 こうした取り組みの一環として、NCACは2023年11月にクリエイティブ・キャピタル(助成金やメンターシップなどでアーティストを支援するNPO)とともに、アメリカ各地からキュレーターを集めたワークショップを開催した。参加者が個人的に体験した検閲の事例について議論が交わされたこのワークショップの参加者は、打ち解けて話し合える場だったと感想を述べている。メリーランド州のガウチャー大学のアート・ギャラリーズ+コレクションに勤務するジャナ・ディクは、「仲間づくりに役立った」と言い、「もし何か問題が起きたら、ここで知り合った人たちに質問したり、サポートや助言を求めたりできます」と付け加えた。 今年2月、ラリソンはブルックリンのA.I.R.ギャラリーで開催された展覧会「Free Speech and the Inexpressible(言論の自由と表現不可能なもの)」のパネルディスカッションに参加した。アーティストで作家のアリザ・シュヴァルツが企画したこのグループ展には、昨年アイダホの展覧会から外されたマジクート、ハートニー、ノーブルズの3作品に加え、検閲の対象となった、あるいは検閲をテーマに作品を作っている15組のアーティストやコレクティブの作品が展示された。 その中にはイバラの作品《Ashes of Five Feminist of Color Texts(有色人種の5人のフェミニストによる著作の遺灰)》(2020)もあった。イバラは、有色人種のフェミニスト作家が書いた本の中で、最も多く引用されている5冊(キンバリー・クレンショーやオードリー・ロードの著作など)を燃やし、それらの本の表紙を壁に展示して花を飾っている。 まるで霊廟のように演出されたこの作品で、イバラはフェミニスト作家たちを検閲しているのではない。彼女の言葉を借りれば、「過剰引用の経済」から彼女たちを守っているのだ。文化施設は意味のある改革に取り組む代わりに、この手のテキストを引用して体裁を取り繕うことが多い。この作品には、そうした風潮に対する彼女の批判が込められている。 イバラの作品の近くには、フロリダ州の禁書をテーマにしたダイアナ・シュメルツの作品が展示されていた。このインスタレーションでは、2022年に発令された「Stop WOKE」法でフロリダ州の公立校の図書館から排除された本の表紙を、水彩絵の具で描いたパネルが並んでいる。よく見ると、細かい文字がレーザーでくり抜かれているが、それは禁書に異議を申し立てた人々と州教育委員会の間で闘われた「パーネル対フロリダ州教育委員会」の裁判資料だという。