「目標設定は自分で」がダメな理由。伊藤忠岡藤CEOが考える人材育成、配置の鉄則
世界的な原料高騰が続く中、追い風を受ける日本の商社業界。中でも伊藤忠商事は財閥系以外の総合商社として時価総額を大きく伸ばしている。なぜ、伊藤忠は圧倒的な成長を遂げているのか。その答えの一つは、創業以来受け継がれてきた「商人」としての心構えにある。 【全画像をみる】「目標設定は自分で」がダメな理由。伊藤忠岡藤CEOが考える人材育成、配置の鉄則 本連載では、岡藤正広CEOをはじめ経営陣に受け継がれる「商人の言葉」を紐解きながら、伊藤忠商事がいかにして「商人」としての精神を現代に蘇らせ、新たな価値を生み出しているのかを深掘りしていく。 今回は働き方の話。
「昨日の仕事、自分の今の仕事を疑う」
日本最強の会社、トヨタの社員がやっていることはこれだ。彼ら自分のやっていることを疑い、カイゼンを繰り返す。 何かひとつでも昨日とは違うことを採り入れようとしている。昨日までやっていたことと同じことをやっていたら、進歩はないと自覚している。 トヨタの強さはここにある。社員は昨日の仕事に付加価値をつけることを考えながら働いている。それを全員が徹底している。 そして伊藤忠もまた、昨日までやっていたことを疑う会社だ。だから業績を上げている。 今回は働き方を変えるヒント、ひとことを取り上げる。
「村の祭り酒」
ブランドものを扱う商社パーソンと言えばおしゃれなスーツを着こなして、パリやミラノでワインを飲みながら商談するような仕事に見えるかもしれない。 しかし、ブランドの仕事を創始した岡藤を見れば分かるけれど、そんなチャラチャラした存在ではなく、出張費の心配をしながらラシャ屋を回り、頭を下げ、紳士服地の反物を売ってきた。 伊藤忠の創業者、伊藤忠兵衛が幕末から明治にかけてやってきた商売そのままを踏襲して、あっちで1円、こっちで2円と小銭を貯めて会社の業容を拡大してきた。ラシャ屋に納める反物の数を増やすこと、客に少しでも買ってもらえるように工夫したことの延長がブランド物の商売だった。 彼は「受け渡し」の時代が長かった。事務作業にも通暁していたし、ひとつひとつをきちんとこなした。手を抜くことをしなかったのである。 「大きな会社にいると手を抜きたくなる。だがそれをしては絶対にいけない」 そう岡藤は言う。 「自分一人が手を抜いたってなんとかなるという気の緩みから、組織は簡単に弱体化する。 ある人から聞いたたとえ話がある。『村の祭り酒』という。貧しい村がお祭りをする。村で酒を買う余裕がないから、村人が茶碗に1杯ずつ酒を持ち寄ることになった。 祭りの当日、みんなが持ち寄ったものを飲んでみたら、水の味がする。ぜんぶ、水だった。つまり、『自分ひとりくらい、酒でなく水を持って行っても分からないだろう』と全員、水を持って行ったから、誰ひとり、酒を飲むことができなかった。 会社も同じだ。自分1人くらい手を抜いたって分かるはずがないと思っていると、村の祭り酒みたいに誰も酒を飲めなくなる。 所帯が大きくなればなるほど、その傾向は強い。つねに緊張感を持って全力で臨まないと、あっという間に組織は衰弱する」 「村の祭り酒」の意味は仕事に手を抜くな、自分ひとりが手を抜いたって分からないと考えるのは間違いということ。 岡藤はアメリカの経営理論よりも、こういった土着性を感じるたとえ話をするのが上手だ。日本の智慧とも言うべき言葉を駆使する人物である。