プレゼント交換には想像以上の価値があった…文化人類学から読み解く「贈り物の法則」
社会学における交換の3つのパターン
ここまでに述べたいくつかの例は、贈与における、モノの価値尺度にいくつかのパターンがあることを示している。 社会学ではそうした尺度の違いに注目して、モノのやりとりを(A)経済的交換、(B)社会的交換、(C)純粋贈与の三つに分類することが提案されている。 【画像説明】モノのやりとりの三分類 (A)金銭的な価値が等価なものを交換する経済的交換。 (B)金銭的な価値と関係性の価値の和が等しくなるように交換する社会的交換。 (C)無償の愛に基づく純粋贈与。 (A)の経済的交換は、はじめのギリシア人の価値観であり、また恋愛関係の第一段階の例である。これは、「贈り物の価値=金銭的な価値」 であるとして、等価なものを交換するというものである。 これに対し、(B)の社会的交換は、トラキア人のように金銭的な価値の差分を関係性の価値に変換したり、恋愛の第二段階のように、大切な人を思って時間をかけて贈り物を選ぶという関係性の価値を金銭的な価値と同等に扱ったりする。つまり、社会的交換においては、モノの金銭的な価値と感情的な関係性の価値が混ざり合うのである。 ただし、これもあくまで交換なので、「贈ったものの価値=受け取ったものの価値+受け手から贈り手への関係性の価値」というように、価値の釣り合うものをやりとりする。マルセル・モースが『贈与論』で議論した贈与とは、おおよそこの社会的交換のことである。 最後に、(C)の純粋贈与は、恋愛の第三段階で見た、価値が釣り合うお返しを得ることを求めない一方的な贈り物である。これはいわば、贈り手から受け手への無償の愛が、贈り物の価値と釣り合っているような状況である。
社会的交換が経済的交換に変わり、経済は発展した
経済学者ダグラス・ノースの『制度原論』によれば、社会内で主流の交換形態が社会的交換から経済的交換に置き換わったこと(ノースの表現によれば非匿名的交換から匿名的交換に変わったこと)が近代の経済発展につながったという。 もちろん、恋愛関係の例で見たように、現代社会においても社会的交換や純粋贈与は存在する。しかし、少なくとも金額に関して主流な交換は経済的交換として行われている。 たとえば、株式市場で株を売買するときには、自分が持っている株を以前に誰が保有していたかを気にすることはほとんどないだろう。そうしたことを気にせずに純粋に金銭的な価値を追求することが、近代の大規模な経済発展を可能にしたのである。 これに対し、文化人類学者たちが観察対象としている社会では、主要な交換として社会的交換(あるいは贈与)が行われている。 マリノフスキーの『西大西洋の遠洋航海者たち』によれば、トロブリアンド諸島の人々が交換によって首飾りや腕輪を得るときには、それが誰の手を渡って自分の元に来たかという歴史に大変な価値を見出すのだという。 デヴィッド・グレーバーの『負債論』では、日常のモノのやり取りが過去の贈り物のお返しとしてなされるような諸地域の例がいくつか紹介されている。 それでは、社会的交換が優位である社会における人々の社会関係とは、いかなるものなのだろうか? 現代社会では経済的交換が支配的ではあるものの、確かに社会的交換も行われている。であれば、社会的交換が社会に与える影響について知ることは、現代社会を考える上でも有益であるに違いない。
板尾 健司(物理学者・人類学者)