不思議と涙を誘われる「漫画家・矢部太郎さん初の大規模展覧会」
じっくり味わいたい“お父さんとの思い出”
入口を入って最初の空間は年表形式になっており、矢部さんの半生へと迫る内容に。小学生の頃、父にすすめられ作っていたという「たろうしんぶん」や、"さようなら体罰"と書かれた中学時代のメッセージ性たっぷりなポスターなどが並び、矢部さんの作家としての萌芽を見せてもらったような感覚になります。 ひときわ目立つ"さようなら体罰"についてトーク中に問われると、 「図工の時間にレタリングを使ってポスターを描く授業があって、当時体罰している先生がいて嫌だなあと思って。その頃から非暴力、不服従という私の漫画のテーマにも近いようなことを考えていたみたいですね笑」(矢部さん) とコメント。子どもの頃の矢部さんの素顔が垣間見えました。 次のブースに進むと、矢部さんの出身地である東村山の何気ない風景が映像で流れています。これは2作目の『ぼくのお父さん』(新潮社)の中にある、矢部さんが子どもの頃、お父さんの漕ぐ三輪車の後方のカゴに乗って過ぎ去る景色を見ているシーンを再現して撮ったVTRだそう。 壁際には『ぼくのお父さん』に収録されている漫画の展示が。漫画の途中途中に貼られた吹き出しには、作家業のためいつも家にいて他のお父さんとは"なんだかちがう"矢部さんのお父さんとのエピソードが書かれています。 矢部さんは『ぼくのお父さん』の出版の経緯についてこう話してくれました。 「『大家さんと僕』を出した後、お父さんが僕が生まれたときからずっと描いていた絵日記を見せてくれて、<次はこれをもとに"お父さんとぼく"を書いたらいいんじゃない>って売り込みがあったんです。その日記の現物も飾ってあります。 僕もこれを読んで、知らなかった自分のこと、お父さんのことを知れて、あの頃のことを描いてみたいなと思ったんです」(矢部さん)
お父さんが綴っていた家族絵日記『たろうノート』には、赤ちゃんの頃の矢部さんがお昼寝していたり、猫と遊んでいたり、一家が過ごしていた日常がありのままに描かれています。それを見ていると、自分も子どもの頃に味わった家族とのなんて事のない日々が重なって、胸がじんわり温かくなります。 きっと見る方の多くにとっても人生で愛情をくれた大切な誰かを思い起こさせる、そんな展示エリアになっているのではないでしょうか。 そしてフロアの真ん中に目を向けると、何やら銀色に光る大きな物体が。