映画「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」 3人のゲストによる座談会
キャンセルカルチャーも「四十九日」を境にすればいい?
F:ガリアーノは泥酔して差別発言をしましたが、その背景には相次ぐ大切な人の死や、アルコール依存症もあったと明かされます。本作を見て事件に対する印象は変わりましたか? ドリアン:この作品はガリアーノに対して擁護的に描かれてはいるじゃないですか。「こんなしんどいときだったから、ちょっと許してあげてよ」みたいな。私はその方向性にまんまと乗っかって「そうなのね、大変だったのね(涙)」と思いながら見ていたわ。 都築:分かります。最後にディオールに戻るシーンを見たときはすごく切なかったんですけど「でもちょっと待って。こいつが悪いんだもんな?」みたいな(笑)。どっちなんだっけ。 ドリアン:「どのくらい悪いことをしたか?」という部分が難しいですよね。過去にとんでもない差別発言をしてきた大物デザイナーはほかにもいる。なぜガリアーノだけこんなにたたかれたんだろう? もちろんとてもよくないことをおっしゃっていたのは事実。でもここまでキャンセルされることなのか。 都築:僕らも「ああいう発言はダメ」だと知識としては分かるんですけど、その文化で育ってきたわけじゃないから線引きが分からない。 シトウ:キャンセルカルチャーってここから加速しませんでした?「何を言ってもダメ」みたいな。ガリアーノが提案した着物のルック(ディオール2007年スプリングのクチュール)だって、今だったらたたかれるんじゃないかな。 ドリアン:そんなことを言ったらドラァグクイーンは「女性という文化の盗用」ですし。特にガリアーノはいろいろなカルチャーを自分の中に取り入れて作品としてアウトプットするから、その辺りは難しいなと思ってしまいました。 F:以前よりコンプライアンスが厳しくなりましたよね。 シトウ:最近いろんな業界が、いい意味で言うと「穏やかな世界」になったし、悪い意味で言うと「波風を立てたら怒られる」というふうになったと感じます。 F:マイクロアグレッション(無自覚の差別行為)という言葉も知られるようになってきました。 ドリアン:マイクロアグレッションは、例えばセクシャルマイノリティの業界でもたくさんあったりします。人はだれしも何かしらの思い込みや差別心、偏見を無自覚に持っているので、大切なのは“自覚すること”だと思うんですよ。そこをちゃんと勉強してアップデートしていく。「何も言っちゃダメ」となってしまうとあまり前向きじゃないし、新しいものを生んでいかないと思うので。私はやっぱり「生き直し」や「やり直し」が絶対できる世界じゃないと辛いな、と思っちゃう。だってみんな、そんなにきれいで潔癖なんですか!? 都築:本当にそう!! 「何も言っちゃダメ」となり始めたら「何がおもろいねん、それ」みたいな。 ドリアン:あと、極論かもしれませんが、この人たちはロクデナシだからいいんですよ。品行方正な人にカルチャーは作れない。やっぱり清濁を合わせもってこそ、成熟したものが生まれると思うんです。だってまともだったら天才じゃないし、突出しているから天才なわけで。それが正しい考えかどうかは別として、私は天才たちに世の中のルールはそんなに当てはまらなくてもいいと思っちゃう。 シトウ:「みんなで許していこうよ」みたいなことも言えたらいいのに。「四十九日が終わったら大丈夫にしよう」とか。 一同:(笑)