「ノーベル賞科学者」が発見したヨーグルトと長寿の間にある秘密…「100年前の仮説」が「21世紀に証明」される驚きの展開
腸内マイクロバイオータのゲノムを解析する
メチニコフのヨーグルト不老長寿説は、当時多くの学者たちによって反論されました。 その主な理由としては、「胃酸や胆汁によって乳酸菌は死滅してしまうため、大腸にまで乳酸菌が到達して、棲みつくことは不可能ではないか」というものでした。 しかし、メチニコフが不老長寿説を唱えてから約100年後、乳酸菌などの腸内マイクロバイオータが、ヒトの健康に重要なはたらきをしているのではないかと再び認識され始めたのです。それは、腸内マイクロバイオータのゲノム解析が行われたことがきっかけです。 その話に入る前に、まず、DNA、ゲノム、遺伝子などの基本をおさらいしておきましょう。ご存じの方は、読み飛ばしていただいて構いません。 私たちの体を形作る細胞の核の中には、4種類の塩基(アデニン〈A〉、グアニン〈G〉、チミン〈T〉、シトシン〈C〉)が鎖状に連なってできているデオキシリボ核酸(DNA)が保存されています。DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付けられ、細胞の核の中にコンパクトにしまわれていて、その小さく折りたたまれた状態のものを染色体と呼びます。ヒトの場合、染色体が46本あります。 この染色体の上に、ヒトが生きていくために必要なすべての遺伝情報(つまり遺伝子)が記載されています。ある生物にとって生存するために必要なすべての遺伝情報のことを、全遺伝情報、またはゲノムといいます。ヒトのすべての遺伝情報は、ヒトゲノムと呼ばれます。
メタゲノム解析によって開かれた新たな扉
ヒトの染色体は、約30億という莫大な塩基対です。このDNA配列をすべて解読し、染色体のどこにどのような遺伝情報が記載されているのかを明らかにしようとするヒトゲノム計画が1990年にアメリカで開始され、2003年にはその解析結果が公開されました。 このヒトゲノム解析で培った遺伝子解析技術を駆使し、21世紀に入り、DNAの塩基配列を大量かつ高速に解析する方法が開発されました。この装置のことを次世代シークエンサーと呼びます。 さて、腸内マイクロバイオータの話に戻りましょう。 2006年、アメリカ・ワシントン大学のジェフリー・ゴードンは、この次世代シークエンサーを用いてメタゲノム解析という新たな手法を開発し、腸内マイクロバイオータの分類法を確立しました。 具体的には、マウスやヒトの糞便を回収し、その糞便中に存在するすべての腸内マイクロバイオータのDNAを抽出します。さまざまな腸内マイクロバイオータ由来のものが含まれますが、それらすべてのDNA配列をまとめて解読し、得られたDNA配列がどの細菌に対応するのかをスーパーコンピュータを用いて決定します。 これによって、糞便中の腸内マイクロバイオータに含まれる細菌の種類やその細菌が腸内マイクロバイオータ全体に占める割合、そしてその細菌の機能を推定できるようになりました。 ※参考文献 2-4 Metchnikoff É, Essais Optimistes, A. Maloine, Paris, 1907. * * * 初回<なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる腹痛の正体>を読む
坪井 貴司(東京大学大学院総合文化研究科教授)