晩秋の京都の花街、92歳と27歳の「芸妓姉妹」の物語…2人が見据える先は
その姿勢を買われた配役だったが、多栄之の不安は大きかった。「うちはまだ芸妓もままならへんのに、粋な芸者の雰囲気を出せるやろか」
多栄は、大阪・南地で芸妓をしていた頃、同じ演目の経験があった。助言を仰ぐと、「江戸っ子のすっとした芸者さんになりや」と一言。この演目に臨む上での大事な心構えだけを伝えた。「私があんまり口出しをしてもいかん。お師匠さんや他のお姉さん方が教えてくれはる」
稽古は10月から始まった。同年代でも経験に差のある先輩芸妓らとの踊りは、多栄之にとって重圧だった。「毎日苦痛過ぎて。どないしよう」。思い詰めた表情を浮かべる多栄之に周囲が手をさしのべた。
舞踊の師匠、若柳流五世宗家家元の若柳吉蔵(54)は多栄之の役を一緒に踊り、動画で撮影させてくれた。多栄之は、生活するお茶屋兼置屋「駒屋」でも繰り返し動画を見て、目線や顔の動かし方を研究した。
「周りより劣るのは当たり前やけど、今より少しでもきれいに踊れるように」。腹を決めて稽古に打ち込むと、先輩らも手取り足取り教えてくれた。多栄之から報告を受けた多栄は「えらいすんまへん、おおきに」と他の芸妓らに伝えた。
「ほんまに色んな方に助けていただきました」。多栄之は感謝の気持ちを力に変え、本番では芸者役をしなやかに踊った。多栄は「妹」を舞台袖から見守っていた。「私が余計なことを言わないでも、頑張ってはります」
フィナーレは「宮川小唄」。宮川町の四季を芸妓14人が踊りで描く。緊張のほぐれた多栄之は華やかに群舞を繰り広げた。その中に、多栄之の成長を後押しするもう一人の「姉さん」、とし純(すみ) がいた。
65歳差の姉妹のこれまで
京都五花街の一つ、宮川町の芸妓、多栄と多栄之は65歳差で、2022年11月に「姉妹」の絆を固めた。名前を受け継いだ「妹」の多栄之は、おもてなしや芸事の心構えを教わる日々を送る。
2人が所属するお茶屋兼置屋「駒屋」の 女将(おかみ)・駒井文恵(80)から依頼された多栄が「姉」を引き受けた。