日本が「どうしようもなく小さく」なってしまう前に、元ファンドマネジャー父が娘に伝えている「大切なこと」
大学生のアキさん、高校生のルミさん、2人の娘を持つ投資家・文筆家の澤田信之さん。「予測を業としてきた自分にも、彼女たちがこれからどのような時代を生きていくのかまったく判断がつかない」と語る澤田さんが、「生きる視点」を子の世代に伝えるメッセージ書評を皆さんに贈ります。 【画像】男性・女性の未婚率の推移、30~40代女性の結婚願望は? 【父から娘へ書評#2『森があふれる』彩瀬まる】
娘と恋バナできる日がきた。僕にとって親業最大のギフトの1つ
アキ、日本食食べてる? 恋をすると食が細る、って聞くけど大丈夫かな。初めて好きな人ができた話、素敵だった。海外で生活を始めてもう3年だね。座学もいいけどフィールドワークが人格形成には一番効くから、これからもいろんな人を好きになってみてください。 中学受験のテキストに出てきた芥川の『地獄変』、覚えてるかな。絵仏師の父親が作品を完成させるために娘が炎につつまれ、しかもそれを止めもせず描き続ける、ってヤツ。あり得ない話だけど、そんなお話を2人で声に出して読んだ記憶があります。 アキからすれば、明治文語文は音読したほうが分かりやすくなるのかな?程度だったかもしれません。でも、僕にとっては、自分が若い日に買った文庫本を、30年以上の時間を経て父娘で声に出して読む、ってのが自分の親業の集大成であるような気がして。人生における大切な1ページになっています。今回LINE通話でアキと恋バナができたのは、それと同じくらい嬉しいことでした。ありがとう。
「字書き屋 徹也」が内に抱えるもの、象徴するものとは
そんなアキに今回紹介するのは、彩瀬まるさんの小説『森があふれる』です。彩瀬さんは2010年に『花に眩む』で「第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞」を受賞してデビュー。『花に眩む』は人の肌から植物の芽が出る話でした。彩瀬さんにとっては、発芽することがメタファーであり、テーマなのかもしれません。 本作『森があふれる』は、夫の不倫を疑った女性が発芽(はつが)することから物語が始まります。夫である年の離れた小説家は、女性を主人公にした小説を描いて成功を収めていますが、内心では「恋愛小説は女性作家のもの、もっと男性らしい小説家に転向したい」と考えています。 うーん、妻が植物人間になった作家の苦しみなのかな、重いなー。と思いながら読み始めたのですが、なんと植物の種を大量に食べた妻から芽が出て、ふくらんで、妻の意識やビジュアルが残されたまま……意外なことになってしまうのです。 『地獄変』では女性である子どもが、男性である親のために炎に身を投じ、絵仏師である男は、燃えさかる女をそのまま描き続けます。性差、家族、職業という殻が2人をがんじがらめにしたまま、判断は読者に委ねられて話は幕を引きます。 『森があふれる』では、女性である妻が、男性である夫のためにプライバシーを犠牲にし、小説家である男は商業的成功を手に入れます。性差、家族、職業という殻が2人を縛る構造は同じです。しかし本作はここで終わらないんですね。 編集者から見た小説家、愛人から見た小説家、そして小説家の一人称で物語はつづられていきます。男性性の象徴としての小説家、女性性の殻を破ろうとする妻。最後に森と小説家が対話をします。そこで何が語られるのか、楽しみにしてください。