「外国人観光客からぼったくっている」「日本の恥だ」との声も…。「インバウン丼」が食べない人にも批判された“深いワケ”
このような、半ば「感情的」な声はどのような背景から出てくるのだろうか。 ■うっすら感じる「日本人排除」と「外国人のためのテーマパーク」 おそらく、その理由は、千客万来が外国人を「選択」し、彼らのために作られたテーマパークのような空間だと、多くの日本人がうっすらと思っているからである。どこか、その場所から「日本人」が排除されているように感じさせているのだ。 こうした意味での「テーマパーク化」は、日本の至る所で起こっている。例えば顕著なのが、北海道のスキーリゾートとして知られる「ニセコ」だ。
ここでも、外国人観光客向けにさまざまな商品が高額になっていることが連日報道されている。例えば、普通のカツ丼が3000円など、一般の日本人からすれば目が飛び出るような価格の商品がゴロゴロ転がっている。 このエリアを歩けば、看板は英語ばかりだし、コンドミニアムも外国人向けに作られていて街並みはどこかの外国のよう。まるでディズニーランドのようなテーマパークが広がっている。 2023年にニセコは外国人観光客数が過去最多となり、投資も含めて世界中から注目される観光地の一つとなっている。
こうした活況の理由について『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』(講談社+α新書/2020年)で著者の高橋克英氏は、ニセコが外国人富裕層を「選択と集中」し、彼らが満足できるようなサービスや場所をつくったことがその活況の原因であると分析する。 まさに外国人(それも裕福な)に「選択」されたテーマパークが「ニセコ」であり、近年の日本の観光地でもこのような場所が増えているのだ。
一方、「選択と集中」は当然のことながら、「選択されなかった人」を生み出す。やや強い言い方だが、ある層の「排除」を生み出すわけである。 実際、ニセコのニュースが報道されるにあたって「日本人は相手にされていない」とか「日本人お断りなのか」などといったコメントがしきりに言われ、そこでは否応なしに「日本人排除」が意識されている。 筆者はこうした現象を「ニセコ化」と呼んで、来月発売する書籍『ニセコ化するニッポン』の中で、その現象がどのように日本に広がっているのかを考察している。