記憶を失っても、感情は残り続ける。脳科学者・恩蔵絢子が認知症の母から 教えてもらった“自分らしさ”とは
世界とつながる「安全基地」の作り方
――認知症の人に限らず、“その人らしさ”を大切にしながら新しいことに好奇心を持って取り組むためには、失敗したときも安心して戻ることができる「安全基地」があることが重要だと本書の中には書かれています。その「安全基地」はどうしたら作れるのでしょうか。 もちろん支えてくれる家族など、人間関係があるのが望ましいですが、なんでもいいんです。「自分はこれだけ頑張ってきた」といった記憶も安全基地になります。最も極端な例では、「自分には欠点があるけど、それでもいい」って決めてしまうこと。「失敗してもしょうがないよね」と思いながら動けると、そのことが安全基地になります。 ――あとは、とにかく「孤独にならない」ことも重要だと。 例えば、自閉症の人の中にはある景色を一回見ただけで絵に描くことができる方がいるんです。そうやって描いた絵を見た周りの人が「すごい!」って言うことで、言葉じゃない形でもコミュニケーションの手段になるわけです。 直接誰かと言葉を交わさなくても、例えばピアノを弾いていたら「私はピアノを弾くのが好きな人間です」と表明していることになります。「自分はこういう人間である」と、言葉以外の方法で表現することも有効です。 父も、ピアノを習うために歩いて行くことがきっかけで普段行かないコンビニに行くようになり、そこで結果的に人との繋がりができている。それがすごくいいなと思いますね。 新しい繋がりができれば、自分の生きる場所ができるということだから。 「ピアノを弾くからにはピアニストにならなければいけない」とか、「この曲が弾けなければいけない」というようにハードルを上げてしまうと、何にも手出しできなくなってしまう。どうにもならなくてもいいから好きなことをやって、まずは自分を表明するのが、誰にとってもその人らしくいるためにすごく大事なことなんじゃないかなと思います。 恩蔵絢子(おんぞう・あやこ) 1979年神奈川県生まれ。脳科学者。東京工業大学大学院後期博士課程修了(学術博士)。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学非常勤講師。専門は人間の感情のメカニズムと自意識。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』、訳書にジョナサン・コール著『顔の科学』、茂木健一郎著『IKIGAI』など。
ライフスタイル出版部