記憶を失っても、感情は残り続ける。脳科学者・恩蔵絢子が認知症の母から 教えてもらった“自分らしさ”とは
『脳科学者の母が、認知症になる』(河出文庫)、『ドーパミン中毒』(翻訳、新潮新書)などの著書で知られる脳科学者・恩蔵絢子さんが、映画監督・信友直子さんとの対談本『認知症介護のリアル』を刊行。認知症の母を近くで見つめてきたという共通点を持つ二人はどのような対話を交わしたのでしょう? また、恩蔵さんが自身の経験と研究を通して考える“その人らしさ”とは? 【画像】脳科学者の恩蔵絢子さん。
『ぼけますから』の信友さんとの出会い
――対談相手の信友直子さんとは本書をきっかけに初めてお会いになったということですが、お話しされていかがでしたか? 信友さんが撮られた映画(『ぼけますから、よろしくお願いします。』)は拝見していたのですが、お会いしたことはなくて。ただ、講演先などで「信友さんっていう方がいるんだけど、知ってる?」と声をかけられることが何度かあったんです。なので、「そういう方がいるんだな」と意識はしていました。今回、やっとお目にかかれましたね。 ――「信友さんはとても率直な方だった」と「あとがき」で感想をお書きになっていました。確かに信友さんは「そこまで正直にさらけ出してしまうのですか?」ということまでおっしゃるのですが、恩蔵さんもかなり正直にご自身の気持ちをお話しされている印象を受けました。お母様を介護していたときを振り返って、「ストレスが限界に達して扇風機を投げた」とか、「全然家に帰りたくなくて遊びまくっていた時期がある」とか。 本当に率直に話してしまったのですが、大丈夫でしたか? (笑) でも、他人からすると偏見や囚われだと思われてしまうようなことも、あえて科学者の自分が言うことによって、同じような経験をされている方の励みになるんじゃないかと思ったんです。対談ではバランスをとって科学者の役を引き受けるところもありつつ、でも信友さんの率直さに影響されて「自分もこれぐらい言ってもいいんだ」と(笑)。
“その人らしさ”とは何か?
――映画監督、脳科学者という肩書きを取り払った奥にある人間の姿が見えてすごく面白かったです。本書は認知症介護がテーマですが、単なる介護体験記ではなく、「認知症になると、“その人”ではなくなってしまうのか?」「“その人らしさ”や“人格”とは一体何か?」という実存に関わる大きな問いについて考えさせられる本です。 人格というものは、科学的にはだいたい5つの要素(神経症的傾向、開放性、誠実性、外向性、協調性)でよく説明されます。好奇心がどれだけ強いか、誠実性がどれだけあるか、そういったことで人格を定義します。 けれども、私は生まれてから43年間母と一緒に暮らしてきて、この5つの指標だけで母のことを説明できるのだろうか、とやっぱりすごく疑問だったんです。 母のことを考えたときに一番に思い出すのは、笑顔や、音楽が好きだったこと。でも、そういったものはその5つの指標には表すことができない。その人しか持っていないものはこぼれ落ちちゃうんです。本当はそちらの方に個性があるはずなのに。