空を見上げれば宇宙の始まりがわかるかも―シュテファン・リーバーマンほか『[フォトミュージアム]絶景の夜空と地球:景観遺産と天体撮影のドラマ』
宇宙を知ることは、生命の成り立ちを考えることでもある。宇宙はどれくらい広いのか、ダークマターとはなにか、地球外生命の探索など宇宙の謎に挑む科学者たちによる成果をわかりやすく解説し、圧倒的な迫力の星景、息を呑むような極地のオーロラ、地上を前景に撮影された驚異の星空の写真を多数掲載した書籍『[フォトミュージアム]絶景の夜空と地球』から「撮影術について」を公開します。 ◆天文写真にかける情熱:制作の舞台裏 風景・夜景を撮影する醍醐味は、技術への理解、抽象化、創造性といった持てる力を総動員して、世界を発見する手立てにつなげるところにある。実はいま、わたしは夢のような生活をさせてもらっている。ソニー・ヨーロッパ・イメージング・アンバサダーとして、カメラ片手に世界を旅しながら自然の驚異に触れる瞬間をとらえ、魅惑的な母なる大地の助けだけを頼りに、アートを産み出そうと考えているところだ。 ◇ 夜を発見しよう 夜景写真と天文写真に没頭して何年にもなる。5年ほど前には「夜を発見しよう」というプロジェクトを立ち上げ、その活動が本書の発端にもなっている。 このプロジェクトを始めたのも、夜空からうける感動を分かち合いたいと思ったからだ。自然の驚異を、そして本書で取りあげている夜の驚異を、もっと身近に感じてもらいたい、積極的に味わってほしいと切に願っている。 都市化が進み、それに伴って光害が広がることで、くっきりとみえる星を眺めることなど、多くの人にとって過去のものになるのも遠い先ではない。わたしは写真撮影を通して、みんなのために夜の魔術を記録しておきたい。そして、とにかくまずは夜に家から出てみよう、自然を発見してみようと思うきっかけになってほしい。 ◇ 文句なしの星日和 ノイズの少ない現代のフルサイズセンサーを使って撮影をすれば、長い露光時間と高いISO値のもとでも、信じられないほど広いダイナミックレンジが可能になる。それができれば、誰も見たことのない極美の世界を目撃することだって夢ではない。加えて、違った露光をいくつか重ね合わせるなど、デジタル画像処理技術でダイナミックレンジを広げることもできる。そうやって夜空のスペクタクルな写真が撮れるはずだ。 天文写真は二つの流儀に分かれる。そのひとつ、天文風景写真は天の川、北極光、星座といった天文現象のある夜空を、風景と美的に組み合わせようというもの。もうひとつの深宇宙(ディープスカイ)写真では恒星、惑星、月、星雲、超新星残骸など、宇宙の天体を撮影することに主眼をおく。どちらを守備範囲にするにせよ、大前提となるのは綿密な計画をたてること。星の写真を撮るのに、星がよく見えていなければ話にならない。文句なしの星日和を決めるのは次の5つの要素だ。 ・天文学的な夜 ・新月 ・雲がない ・あらゆる文明との隔絶 ・適切な季節に、適切な場所で 天の川の撮影計画をたてるとしよう。わたしなら、いつ、どこで天の川が見えるかをまず考える。見えている星空というのは特定の一部分にすぎず、地球の自転にもよるし(日周運動)、太陽を回る公転にもよる(年周運動)。北半球なら、4月から8月にかけての期間が見るのに最適だ。 およその目安として、天の川の中心は春ならば地平線付近の低いところ、真夏なら空の高いところ、秋には低いところにある。南半球では、3月から9月にかけてと期間が長くなる。そこで役立つのがPhotoPillやStelarium といったアプリで、特定の時刻と特定の場所で天の川の姿を表示してくれる。わたしは地平線付近の低いところにかかる天の川を見たくて、春(3月末)にナミビア(南半球)に飛んだことがある。写真をつなぎ合わせて、息をのむようなパノラマを作ることができるからだ。詳しくはまたあとでお話しする。 次に、不利な条件をできる限り減らすことを考える。天文写真で不利な条件とは何だろう。言うまでもなく、われわれ人間が生みだす光害だ。都市部で見える星の数は、砂漠よりもはるかに少ない。そこで、わたしはできる限り星がよく見えるよう、あらゆる文明から隔絶された場所を探すことに力を入れている。 そんなとき役に立つのが、www.darksitefinder.comなどで公開されている光害マップだ。中欧ではどこも都市化が進み、星空の観察はあまりできなくなっている。そうした状況をうけて、ダークスカイ協会などの団体では特別な光害対策区域を認定していて、そこでは夜間の街路照明を消すなど、光害が最小限になるよう配慮されている。ドイツの例でいえば、ブランデンブルク州のヴェスターヴェラント自然公園がそれだ。だから、中欧を離れずに手軽に天文写真を楽しみたいという人は、そういった場所に出かければ間違いない。地球でいちばん暗い場所を探そうという人なら、砂漠(人間があまり住んでいない地域)か高山(どんな光害よりも高いところ)、あるいはその両方を兼ね備えたところに出かけよう。その具体例がナミビアで、わたしはカラハリ砂漠にあるアロエ・ディコトマの森を題材に選んだことがある。 その次に不利な条件となるのが月だ。太陽の放射をうけて光を地球に反射してくるため、星の観測や写真撮影を成功させるのはほぼ絶望的になる。そこで、星空を撮影するなら新月のときがお薦めだ。わたしは計画をたてるときに月齢カレンダーを調べ、なるべく新月に合うように(目安は前後5日)旅立つ。 そのほか、日の出や日の入りのときの太陽も天文写真には不利な条件だ。太陽が地平線に隠れていても、高感度カメラならば残光をとらえてしまう。だから夜のようでも、夜ではない。天文学的な夜がくるまで、つまり太陽が地平線から少なくとも18度下がるまで、待つことをお薦めする(目安は日の出前と日の入り後のそれぞれ2時間)。 最後に、いちばん重要でありながらほとんど計画の立てようがない要素がある。何といっても気象が合うかどうかだ。雲が星空を隠していれば、これ以上ない暗い場所であろうが、最高級のカメラだろうがお手上げだ。雲が出そうかどうかに注意して、あらかじめ天気予報を確認しておくとよい。何週間も前から気象を予測することはできないから、気象の計画をたてるのは最終段階と心得ておくこと。わたしは前日か午前中に雲の様子をチェックしてから、これと思うスポットに出かける。雲の隙間もないようなら、運に見放されたということだ。おしなべて雲が出にくい地域ももちろんある。わたしがナミビアの砂漠を選んだ理由もそこにある。砂漠は誰もが知るように雨が少ないので、空を観測できる確率が高いからだ。 [書き手]シュテファン・リーバーマン(風景・夜景写真家) ドイツのイルメナウ工科大学で学ぶ。国際的な賞の受賞歴のある風景・夜景写真家。光学を専門とする物理学者として、カメラやレンズなどの光学システムや写真全般に関する技術に詳しい。ソニー・ヨーロッパ・イメージング・アンバサダーとして、カメラを持って世界中を旅し、自然の中の素晴らしい瞬間を撮影している。 ティル・ムンツェック(物理学者、ジャーナリスト) 天文学と宇宙論を専門とする物理学者。科学ジャーナリスト。在学中は、ラ・パルマ島などで宇宙の素粒子を研究調査した。ハンブルクのDESY研究センターやドイツ通信社dpaで科学編集者を務め、2012年からはフリーランスの作家として活動している。 [書籍情報]『[フォトミュージアム]絶景の夜空と地球:景観遺産と天体撮影のドラマ』 著者:シュテファン・リーバーマン / 出版社:原書房 / 発売日:2024年05月27日 / ISBN:4562074175
原書房
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