画期的ビジネスモデル挑戦も…なぜ元WBO世界王者の伊藤雅雪がノーランカー三代大訓に敗れる”番狂わせ”が起きたのか?
「ポイント。取られているよ」 序盤の終了時点でセコンドからそう聞かされた。 「やばい」と、4、5ラウンドからエンジンをかけるが三代のジャブは止まらない。 「悪い展開だった」 陣営からは「ブロック」の声が飛ぶが、伊藤は左ジャブを打たれ続けた。 左のリードジャブを防ぐ基本はディフェンスだ。ガード、パーリングで弾くか、ダッキング、スウェーで頭の位置を変えステップを踏んで的を絞らせない。また左に対して左を狙うジャブカウンター、あるいは、左に右のパンチを強引にかぶせて、相手にパンチを出すことを躊躇させる対策もある。だが、そういう戦略のイロハを伊藤はできなかった。いや、試合前からあった“驕り”がそれを急がせなかったのかもしれない。 「どうですかね。なんか、考えているうちに…。パンチを打ったら当たりそう。ジャブも効かないのでなんかいいかなあと」 6ラウンドには三代をロープに追い詰めて右のストレートをヒットさせた。 だが、三代は慌てなかった。 「青炎ですよ。静かに燃える。打たれても落ち着き焦らない。(伊藤は)フィジカルが強い。ロープを背負って戦うことはイメージできていた。想定内です」 ボディ攻撃も含めてダメージブローは何発もあったかに見えたが「効かなかった」という。 三代の左ジャブ攻撃に終わりはなかった。 実は、三代の試合を支配したジャブには「殺気を消す」という工夫があった。 「(伊藤は)予備動作を見てきた。行くといってジャブを出しても当たらない。だから意識を消す。ノーモーションのジャブ。その癖を(練習の)シャドーボクシングからつけていた。あんなに当たるとは思わなかったけど」 沈黙のジャブである。 三代は、そのジャブだけでなく、右からの逆ワンツーや、右のクロスカウンターなど、要所ではパンチをうまくまとめた。いくらパンチが軽いとはいえ、ライト級である。 伊藤の顔は徐々に赤く腫れ、9ラウンドにはバッティングで左目の上をカットした。着実にダメージは蓄積され、空振りのパンチが多すぎたため、スタミナも切れ、もう伊藤に逆転の一打は残っていなかった。 「後半スタミナもロスしていた。手が出なかった。打てば当たるのに、“疲れちゃったなあ”という感情が入って100%集中できなかった」 集中できなかった伊藤に対して、そこに“ジャイキリ”のゴールテープを見た三代は、自分自身にハッパをかけていた。 「8ラウンドまでは全然ダメ。自分に勝てていないなと。最後の9、10ラウンドでちょっと勝てたかな」 最終ラウンド。伊藤は左右のパンチを振り回しながら前に出た。だが、三代も負けていなかった。右のオーバーハンドの一撃が伊藤の顔面を捉える。このラウンド、ジャッジの3者は三代を支持していた。勝負ごとに“たられば”は禁物だが、もしこのラウンドを伊藤が取っていれば2者の採点はドローとなり、試合は引き分けに終わっていた。 紙一重だった。