画期的ビジネスモデル挑戦も…なぜ元WBO世界王者の伊藤雅雪がノーランカー三代大訓に敗れる”番狂わせ”が起きたのか?
10ラウンド終了のゴングを聞いたとき、2人は、どちらも「勝った」のアピールをしなかった。伊藤はロープをつかんで下を向き、三代は何のリアクションもとらずにコーナーに下がった。2人に勝利の確信はなかった。 ジャッジペーパーが読み上げられた。一人目は「95-95」のドロー。残り2人は同スコア。「96-94」で三代を勝者とした。至極真っ当なスコアだった。 「手を合わせてみて強かった。勝った実感はない。競っているのがわかった。どっちだろうなと」 そういう三代の勝ち名乗りを見届けると伊藤はすぐにリングを降りた。 「気迫を感じた。徹底的な戦い方をされた。自分の悪いところが出たかな。ジャブが予想どおりうまくて、それをピックアップされるラウンドを改善できないまま進んでしまった」 冷静に敗因を口にした。 伊藤もジャブは警戒していた。 「ジャブがいいので、難しいラウンドをピックアップされる。明確に1ラウンド、1ラウンド差をつけたい」とも語っていたが、それを実行できなかった。 9月中旬に盲腸の内視鏡手術を受け、2週間まったく動けず、11月5日に予定されていた試合が延期となっていた。帝拳ジムで元3階級制覇王者のホルヘ・リナレス、ラスベガスで奇跡の逆転TKO勝利を収めた中谷正義という一流ボクサーとスパーを重ねたが、その手術の影響もあったのだろう。だが、それらを差し引いても地力は違うという“油断”はあった。 紙一重を分けたものである。 三代は勝因を聞かれて「準備力」と答えた。 「試合前に勝敗はついている。その差だった。作戦通りです」 常に伊藤をイメージしてトレーニングを重ね「5分5分のラウンドだと(ジャッジの採点は)相手にふられる」との覚悟もあった。 試合前に両者はSNSで“舌戦”を展開していた。 松江工業-中央大のアマキャリアを経て2017年3月にプロデビューした三代にとって、伊藤は憧れのボクサーだった。伊藤は2018年7月に米国でWBO世界スーパーフェザー級のタイトルを奪取。初防衛に成功したが、昨年5月の米国でのV2戦に失敗、階級を上げて再起を図っていた。その憧れが無意識のうちに過大評価につながり呑みこまれ委縮につながる怖さもあった。 「昔の伊藤選手は虎だったがハングリーさのなくなった満腹の虎は怖くない」と、やり返すことで自己暗示をかけていた。それは偽りの挑発だったのかもしれないが、前日計量で見た憧れの人は、等身大だったという。 「憧れてばかりだとオリジナルを超えられない。それではダメだ。(臆さない)メンタルを作ろうと思っていたが、向かい合った瞬間、それが自然にできた。超えられる存在かなと思った。届くなと思った」 一方でこんな魂胆もあった。 「SNSで色々やったのは、できるだけ舞台をでかくしてかっさらう気持ちだった」 三代がペロっと舌を出した。 このノンタイトル戦で三代が負けたとしても失うものは無敗のキャリアくらい。アンダードッグの三代には、怖いものなど何もなかった。伊藤が、「ライト級ウォーズ」の第2章として計画を立てていた“3冠”吉野との国内最強ライト級決定戦の切符は三代が手にすることになった。