「黒歴史も、会社の恥部も遠慮せずに書いてください」作家が驚愕したトヨタ・章男会長の「破天荒」と会社愛
「トヨタが憎い」もOKだった
問題となった過去の出来事も、大きな痛手を受けた失敗も、すべて隠さず明かし、経営の糧にする。失敗だらけの弱さこそが、トヨタを繁栄させている強みであり、喜一郎・章男らの「トヨタの子」の人間力の本質であると本作からは受け取れる。 「例えば、かつて競合他社が開拓した販売市場にトヨタが丸ごと乗っかる新プロジェクトのエピソードも出てきますが、あんなのは他の会社だったら絶対NGですよね。章男が本編中、『トヨタが憎い』と口にします。会社への愛のなかで、そういう気持ちもあったのではないかという私の想像でのセリフでしたが、章男会長からは何も言われませんでした。 章男会長から “気になる”と言われたのは2ヵ所でした。部下へ命令するシーンで、章男が肩書きで一方的に命令しているような表現だったんですね。それについて章男会長は『僕は肩書きで命令するようなことはしない。現場が動くための具体的な指示をする』と言われました。もうひとつは、章男を貶めようとした社内の役員を左遷するエピソードを書いていましたが、そこは『僕は絶対、左遷はしません。役員になるほど仕事のできる人なら、別の道で輝けるキャリアパスを用意して、誰も恨んだりしない次のチャンスを与えます』と言われました。凡人との差というか、並のビジネスマンとの思考の違いを思い知らされました」 トヨタの歴史を支えてきた実在の人物たちが物語を進める一方、章男のタイムスリップの理由に関わる少年・登志夫、喜一郎と章男の親友となる青年・トオノ、章男に媚びず身近で鋭く意見する女性社員・政子など、オリジナルのキャラクターたちも活躍する。彼らによってトヨタの抱える問題や、喜一郎と章男に足りなかったものが、いくつも露呈するが、そのぶんだけ「トヨタの子」たちは企業人として磨かれ、クルマづくりの魂を受け継いでいく。 バブル崩壊後、世界で日本全体の経済的優位が下がり続けるなか、なぜトヨタが世界的企業の上位ランクを保ち続けているのか。その理由が、圧倒的なエンターテイメントのスタイルで提示される、ビジネスマンならずとも必読の大河小説と言える。 「トヨタの担当チームの人からは、『○○の話は僕の同僚が必死に関わっているから、この表現はちょっと辛いなぁ……』と苦笑いされました。それも作家としては、嬉しい褒め言葉と受け取っています。 『トヨタの子』は、ふだん私が取り組んでいるとおり、しっかり取材したうえで最後は自分の思うまま好きなように書かせてもらいました。企業にとって都合の悪いことも、いい小説にするためには書く。そのスタイルを、章男会長ご本人が認めてくださいました。自分のこれまでで最も分量の多い作品で、作業は大変なこともありましたが、最後は章男会長が守ってくれた小説だと思っています」 日本企業最大の利益を誇るトヨタ自動車。その創業者&ボンボン御曹司(? )の夢と苦難を綴った、奇想天外経済小説! =主人公はこの二人! = トヨタ自動車創業者 豊田喜一郎/自動織機で世界を席巻し、日本の自動車産業を興しながら、失意の最期を遂げた男 トヨタ自動車会長 豊田章男/喜一郎の孫。ボンボン御曹司と揶揄されながら、世界一の車メーカーを改革した男 ---------- [吉川英梨プロフィール] 1977年埼玉県生まれ。2008年に『私の結婚に関する予言38』で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞。「新東京水上警察」「海蝶」「警部補 原麻紀」「警視庁53教場」「十三階」各シリーズなどミステリー作品を中心に話題作を多数発表。エンターテイメント魂にあふれる作家として、注目を浴びている。 ----------
浅野 智哉(著述家)