社会全体が“同意”した愛人関係。小児性愛嗜好を持つ作家と少女の実話を映画化した『コンセント/同意』
肉体的、精神的な虐待の描写を避けないことが監督としての責任
映画は、原作と同様に徹底してスプリンゴラの視点から描かれる。13歳の彼女は母親や大人たちへの反抗心もあった。とはいえ、マツネフのような捕食者に狙われたら、罠にかかるまでにひとたまりもなかっただろう。 自分はマツネフという大人に恋をして、彼を愛した。だから、彼に要求されること、特に性行為に関しては嫌だ、不快だと感じたとしても、盲目的に従った。なぜなら、愛する彼を喜ばせたかったから。しかし、「自らの意志で彼との関係を選んだ」と信じている彼女の行為を映画として客観的に観ている私たちには、いかに巧妙にマツネフにそう仕向けられたかがわかって居た堪れない気持ちになる。いわんや大人になってから、そのことに気づいた当人の気持ちは、いかばかりだっただろうか。 マツネフとの初体験から以後の性的行為の数々は、ことの詳細が容赦なく描かれる。近年の傾向として、映像作品では性被害、レイプシーンなどは必要最低限か描くべきではないという考え方が強まっている。観客にトラウマを引き起こす可能性があること、またその描写自体が被害者への二次加害になる可能性が高いことや、女性を性的に搾取していると解釈できることなどが主な理由だ。 しかし、本作のヴァネッサ・フィロ監督は、「性的暴力の表現をやわらげたり、避けたりすることはできないとわかっていた」と語っている。「精神的、肉体的弱さをも逃さず公平であり続け、映像化することが方針であり責任である」と。この決断についての是非は、議論があって然るべきだと思う。 その言葉の通り、スプリンゴラ役のキム・イジュラン、マツネフ役のジャン=ポール・ルーヴは多大なリスクを承知の上で、この難しい撮影に渾身の演技で臨んでいる。だからこそ、生々しい性的虐待の描写は真に迫っており、本当にこれが14歳の少女が体験したのかと思うだけで吐き気を催す。 さらに肉体的な虐待ばかりか、マツネフは小説として二人の関係を書き残すことによって、長期にわたってスプリンゴラを精神的にも虐待した。だからこそ、彼女はマツネフに作られた自分像ではなく、彼女自身の「声」で物語を語り直す必要があったのだ。 『コンセント/同意』は、映画を観る私たちにも耐え難い負荷を強いる作品だ。私は原作を読んだ時におぞましさに身震いし、同時に自分もまた芸術という名のもとに、少女たちの犠牲の上に成り立った作品を消費してきた自己嫌悪で胸がむかついた。しかし、映像が与えるインパクトは、また別次元での衝撃がある。原作を通して「同意」が意味するもの、とりわけ未成年者の「同意」について考えを深めることができたと思っていたが、映画を観て改めて、自分の認識がそれでもまだ甘かったのではないかと、いまだ葛藤し続けている。 2017年にハリウッドから世界に広まった#MeToo運動を経て、現在ではかつてないほど多角的な視点から「同意」の意味が問われるようになっている。卒業旅行のリゾート地にやってきた10代の少女の初体験を描く『HOW TO HAVE SEX』(7月19日公開)、13歳の少年と36歳の女性の不倫を描く実話を題材にした『メイ・ディセンバー ゆれる真実』(2023年/7月12日公開)、またローラ・ダーン主演の『ジェニーの記憶』(2018年/U-NEXTほかで配信中)も本作に通じるものが非常に多い。ぜひ、これらの映画もこの機会に観て欲しいと思う。 『コンセント/同意』8月2日(金)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー 監督・脚本:ヴァネッサ・フィロ 脚本協力・原作:ヴァネッサ・スプリンゴラ 脚本協力:フランソワ・フィロ 出演:キム・イジュラン、ジャン=ポール・ルーヴ、レティシア・カスタ、エロディ・ブシェーズほか 配給:クロックワークス © 2023 MOANA FILMS – WINDY PRODUCTION - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINEMATOGRAPHIQUE - FRANCE 2 CINEMA - LES FILMS DU MONSIEUR 取材・文/今 祥枝 映画・海外ドラマ 著述業 ライター・編集者 今 祥枝 『BAILA』『クーリエ・ジャポン』『日経エンタテインメント!』ほかで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。ゴールデン・グローブ賞国際投票者。編集協力に『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)ほか。