幼い娘3人を殺した29歳母親は“責任感が強く真面目”…「子殺しをする親」の多くが陥る心理状態とは|ルポライター・杉山春さんに聞く
愛知県一宮市の自宅で5歳、3歳、0歳の幼い娘3人の首を絞めて殺害したとして、母親の遠矢姫華被告(29歳)が懲役23年(求刑懲役25年)の判決を言い渡されました。 2024年6月の判決で裁判長は、このように指摘しています。 「被告は真面目で責任感も強いが細部にこだわる傾向があり、子どもの食事面での配慮について行き詰まっていた。理想とする母親像に及ばない、家族に申し訳ないなどの思いから自殺を考え、最終的に子どもたちを母親のいない世界に置いていくことはできないなどと考え無理心中を決意した。幼い3人にとってみれば最愛の母親の手によって突如、将来を絶たれていて、その苦痛を思うと言葉にできないものがある」(NHKの報道より)
『ルポ 虐待:大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)、『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』 (朝日新書)などの著書を持ち、数々の児童虐待事件を追ってきたルポライターの杉山春さんは、「理想とする母親像に及ばない」ことでわが子の命を奪うといった遠矢被告の経緯は、彼女が抱える“生きづらさ”が結びついたものと語ります。 ここからは、現代社会で親が抱える問題とその危うさについて、杉山さんと考えます。
児童虐待死事件の加害者の多くが陥る“共通した状態”
「強い責任感」「細部にこだわる」とされていた遠矢被告。その様子を表す例として、長女出産後に産後うつと診断され「服用する薬が母乳に影響するのでは」と通院を止める、卵アレルギーがある次女のためすべての食事を手作りにする、新型コロナのワクチン接種をめぐる考え方の違いで義母の手伝いを拒否するようになる、などが裁判から明らかになっています。また、SNSでは「子どもの健康は親の責任だ」という趣旨の投稿を保存するなどしていました。 被告について「完璧主義的な性格」と伝える報道も見られましたが、杉山さんによるとこの状態を表現する上でさらに的確な言葉があるといいます。 「ある価値観に執着してそれ以外のものが見えなくなる状態を『過剰適応』といい、これはこれまで取材した児童虐待死事件の加害者の多くが共通して陥っていたものです。彼らは責任感が強かったり、生真面目だったりする傾向があり、『こうでなければいけない』と考えがちなんです」 当時の夫などの調書によれば、長女を出産前後は義母に家事を手伝ってもらっていたという遠矢被告。しかし産後うつを患ったあと通院を止め、育児について思い悩むことも多くなっていきました。義母は法廷で、新型コロナのワクチン接種をめぐる考え方の違いなどから、遠矢被告に手伝いを拒否されるようになったと証言しています。 「こうした遠矢被告に起こった変化は、過去のケースとも関連性があります。たとえば2010年に起きた大阪二児置き去り死事件の母親は、専業主婦時代は行政の子育て支援プログラムをすべて利用するなど、“良き母親”であろうとしていました。しかし、自らの借金と不倫が原因となり、当時の夫と離婚。その離婚を決める家族会議の際に『借金はしっかり返す』『家族には甘えません』『しっかり働きます』という内容の誓約書を書かされました。これによって彼女は、22歳で幼い2児を抱えるシングルマザーとして、家族から養育費をもらえない状況になったにもかかわらず、児童扶養手当や子ども手当を受給しようとはしませんでした。 人間は追い込まれると、外からの情報や他者の意見を排除し、これまでに持っていた価値観にさらに縋るようになります。今回の愛知の事件も大阪の事件も『母親とはこうあるべき』『妻とはこうあるべき』のような価値観に過剰なまでに身を沿わそうとして、力尽きてしまったように見えます」