金魚:生活に溶け込んだ小さな美 江戸時代に人気沸騰
故郷は中国、江戸時代に庶民のペットに
いつから、金魚は日本人の生活になじんだのだろう。 金魚の故郷は中国。約2000年前に、野生のフナの中から赤色のものが発見されたのが最初という。初めて日本に来たのは16世紀初頭、室町時代というのが定説だ。当時はとても珍しく高価だったため、貴族など一部の富裕層が観賞して楽しむに限られた。 ブームに火が付いたのは江戸時代。江戸中期に養殖が盛んになり、庶民にも手に入りやすくなった。江戸の街中には水おけを持った金魚売りの声が響き、飼い方を書いた本『金魚養玩(そだて)草』がヒットした。
川柳、文学、浮世絵に登場
当時の人気ぶりは川柳にも残されている。 ―魚うり これかこれかと 追つかける (1774年)― ―わんぱくさ 金魚を買つて 料(はか)るなり (1805年)― 江戸時代は文禄・化政といった町人文化が栄えた時代。金魚は当時の文学や浮世絵にも頻繁に登場し、市井の人たちの生活に馴染んでいた。 例えば、美人画で有名な浮世絵師・喜多川歌麿は、遊女がガラス玉の中の金魚を手にした作品を描いた。浮世草子の作家・井原西鶴の作品にもたびたび金魚が出てくる。江戸の文化人たちもゆったりと泳ぐ美しい金魚に夢中になったようだ。 大ブームになった江戸時代を経て、幕末には金魚養殖は藩士の副業として、明治維新の後は農家の副業として盛んになった。時代の流れとともに金魚は日本人の生活に溶け込んでいった。
金魚すくいでおなじみの「和金(わきん)」、大きな頭にこぶがある「和欄獅子頭(おらんだししがしら)」、尾ビレや各ヒレが特色がある「琉金(りゅうきん)」、琉金の突然変異により、目が大きく突き出た「出目金」など中国由来の品種は多い。
ピンポン玉の形のような「ピンポンパール」は、東南アジアから、琉金の突然変異で生まれた米国産のコメットなどもいる。