「北海道で手仕事の精度と昭和の脱獄犯の言葉に唸る」ジェーン・スー
作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * プロレス観戦で網走と大阪に行ってきました。旅程は1泊2日。我ながら元気だな。 まずは全日本プロレスの北海道ツアー美幌大会。朝7時台の飛行機で羽田から飛び、約1時間半でアッという間に女満別空港へ到着です。 試合は夕方からなので、まずは北方民族博物館へ。ここが素晴らしかった! アイヌ民族だけでなく、世界各国の北方民族の暮らしを展示した博物館で、最も感激したのが民族衣装。動物の皮をメインに限られた素材を使い、防寒という生活に最も必要な機能を果たしながら、どれも色鮮やかで目を見張るようなデザインばかり。モデルさんが着て歩いてきたら、まるでパリコレのランウェイ! どこのメゾンがデザインしたの? と思わず尋ねたくなるほど。手仕事の精度とアイデアに限界はないと、人の知能と手が持つ力に圧倒されました。 お次は網走監獄へ。こちらも博物館です。明治時代から使用されていた実際の刑務所と周辺の関連建物をそのまま保存・公開しています。 国の重要文化財に指定された舎房及び中央見張所は圧巻で、中央見張所を中心に放射線状に延びた長い長い廊下の両側に、房がいくつも並んでいます。扇の要の部分に中央見張所があるイメージです。舎房の数は五つ。ベルギーのルーヴァン監獄をモデルに建てられたそうで、デザインとして美しいだけでなく、実際に中央見張所のなかに入ってみると、最小限の看守で何百人という囚人を監視できることがわかります。機能美! この構造から、誰にも見つからず逃亡するのは困難……と感心していたら! 居たんです。逃亡犯が! その名は白鳥由栄。昭和の脱獄王と呼ばれた男で、網走に来る前にも青森と秋田で脱獄した前科がありました。重警備刑務所である網走刑務所は、絶対にうちでは脱獄させてはならぬと白鳥に手錠と足錠をかけ監視の目の前の房に入れて細心の注意を払っていたにもかかわらず……脱獄! 朝夕の食事で出される味噌汁を鉄格子に口で噴きかけ、約半年かけてボルトを腐らせたうえ、自分で肩の関節を外して逃げたそうです。 白鳥の言葉が印刷されたポスターが展示されていました。曰く、「人間が造ったものは必ず壊せるんですよ」。唸りました。期せずして、人の知能と手仕事の創造と破壊について思いを巡らせる旅となりました。 じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中。 ※AERA 2024年11月18日号
ジェーン・スー