なぜ久保建英は東京五輪白星発進の“救世主”となったのか?
試合後の久保が冷静沈着な口調で振り返った歓喜のシーンには、実はいくつもの伏線が張られていた。まずは前半15分。左サイドからDF中山雄太(ズヴォレ)が上げたクロスが流れていった右サイドで、落ち着いてボールを収めた久保が左足を振り抜く。ニアサイドを狙った強烈な一撃は、惜しくも枠の右に外れてサイドネットを揺らした。 次は後半5分。MF堂安律(PSVアイントホーフェン)とのワンツーで、右サイドからペナルティーエリア内へ侵入した久保が再びシュートを放つ。ポストの右側へ外れたものの、ともに右側からニアサイドを狙った弾道はウィリアムズの記憶に刻まれた。 6月12日のジャマイカ代表との国際親善試合でも、同じようなシーンがあった。ペナルティーエリア内の右側でボールを持った久保が中へ切り返し、直後にニアサイドを狙って放ったシュートが前方にいた4人の相手全員の股間を通過してゴールになった。 ゴールそのものは偶然を強調した久保は、同時に最初の選手の股間は狙ったともつけ加えた。東京五輪へ向けた事前キャンプ中には、股抜きの極意をこう明かしている。 「股抜きシュートを狙うのは、ディフェンダーが僕のフェイントについてきた場合か、足を出してきた場合に限定しているつもりです。理由としてはディフェンダーが足を出すことでキーパーの視界が遮られて、シュートが決まる確率が上がると思うからです」 果たして、東京五輪本番でもマーク役のマビリソが、久保のフェイントに食らいついてきた。久保に関する情報がインプットされ、ニアサイドも狙ってくると瞬時に考えたからか。ファーサイドを狙った弾道に、ウィリアムズの反応はほんのわずかながら遅れていた。 「1本目のフリーで受けたシーンなどは、普段だったら確実に入っているシュートを決めきれずに、自分のなかに多少の焦りもありました。でも、逆に自分が何回かシュートを打っていることで、決めるとしたら今日は自分しかいない、と言い聞かせていました」 6月からニアサイドへ“餌”をまいてきた軌跡が、ここ一番で相手を惑わせるという確信もあったのだろう。駆け引きを制し、ポジティブな思考回路もフル稼働させてヒーローになった久保は、試合後のテレビインタビューでこんな言葉も残している。 「今回がプレーするのも見るのもラスト(の五輪)になるかもしれないので、そうした意味でもいま、この場に立てていることが非常に嬉しいです」 3年後のパリ五輪世代となる久保は、飛び級で東京五輪代表に名を連ねてきた。2008年北京大会に19歳で出場した香川真司が、引き続き出場資格を持つ2012年ロンドン大会を目指したチームで一度もプレーしなかったのと同じように、久保も年齢制限のある五輪は自国開催の今大会で卒業し、A代表に集中したいと思い描いているのかもしれない。 あるいは、久保が胸中に抱き続けるモットーが目の前の一戦に、今回で言えば南アフリカ戦に誰よりも高い集中力で臨ませているのかもしれない。FC東京とプロ契約を結んだ直後の2018年2月。当時まだ16歳だった久保からこんな言葉を聞いた。 「楽しくてサッカーをやっているので、それができるだけ長く、いつもまでも続けばいいかなと。でも、そういうこともあるかもしれないので、いまはサッカーができている喜びをかみしめながら、毎日毎日を大切にできればと思っています」