齋藤知事の「公職選挙法違反」疑惑に筆者が覚えた「違和感」…そもそもの「落とし穴」
それって「事前運動」じゃないの?
しかし、事前運動の禁止を厳密に適用すると、たかだか2週間弱の選挙期間が始まった瞬間から突然、無名の新人候補が街中で「●●選挙に立候補している、●●です。皆様投票よろしくお願いします」と連呼したところで、選挙の種類によっては5~6桁の人数が存在する有権者に対して自分のことをアピールする機会は限られる。こうした候補が当選することは不可能に近い。 結果として、元から知名度があり、出馬宣言するだけで話題になるタレントやスポーツ選手、アナウンサーなどが有利となる。また、地方の現職首長(知事・市町村長)が再選を狙う場合も、首長の日常業務の中でさまざまな地元行事に出席するだけで自動的に地元有権者にアピールする機会を作ることができる。つまり事実上の選挙活動ができてしまう。これが現職有利といわれるゆえんだ。 フライングをさせない形式的な平等を制度上で担保した結果、最初から知名度や実績を「持てる者」たちだけが実際にはフライングができてしまうという実質的な不平等を生んでいる。 そして、この「事前運動の禁止」には抜け道がある。地元の有権者に自分の顔と名前と考えを知ってもらおうと、駅前などで定期的に辻立ちしている弁士を見たことがあるだろう。「●●に立候補予定」とか「その際はぜひ清き一票をお願いします」などと言いさえしなければ、こういった地道な「政治活動」は事前運動には当たらず、(道路使用や騒音などの問題をクリアしさえすれば)規制されていない。 他にも、きたる選挙への立候補に向けて準備している人が、選挙区内にある様々な団体や会合に顔を出して挨拶するのも常識だ。その際、「国政を目指して準備中」と発言したら微妙なのだが、「政治の世界を目指して活動中」(だからお察しください)というくらいは当たり前にある。 また、主要政党は「●●県第●区支部長」なる役職を設け、堂々とポスターに書き込んだりしている。要するにその選挙区で次の選挙に出馬するために準備をしますという宣言であり、事前運動じゃないの?とも思えてしまう。 欧米の主要な民主主義国には、日本のような事前運動を禁止する規定はないとの指摘もある。一見、平等を追求するために作られた、事前運動の禁止というルール自体、実は、地盤・看板(知名度)を「持たざる者」の新規参入を防ぐのに都合のよい障壁として維持されているような気がしてならないのだ。 このほかにも現行の公職選挙法では、個別訪問の禁止や、選挙運動で報酬を払える職種が運転手とウグイス嬢などに限られていたりと、とにかく日本の選挙には細かく厳しい規制がかけられている。もともとは金権選挙を防ぎ、機会の平等を確保するために設けられたルールであり、すべてが無用ということでもないのだろうが、落とし穴をたくさん用意して、候補者とその周囲が足を踏み外すのを待っているのではないかとさえ思ってしまうくらい、ルールは細かい。