【社説】西日本文化賞 混迷深まる社会への光明
不条理なことにも信念を持って向き合い、人としてあるべき姿を示す活動の数々である。混迷が深まる社会への光明を見る思いだ。 文化の日のきょう、西日本文化賞の贈呈式が福岡市で開かれる。九州・沖縄地域の文化向上や発展に貢献した個人・団体に、公益財団法人西日本新聞文化財団が贈る。 第83回の本年度は特別賞、学術文化部門、社会文化部門で4人と2団体が受賞する。 特別賞は今年のノーベル平和賞に選ばれた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に決まった。広島、長崎で原爆の惨禍を生き延びた被爆者が1956年に結成し、核兵器の非人道性と廃絶を世界に訴え続けている。 82年の国連軍縮特別総会で当時の代表委員だった故山口仙二さんは、全ての被爆者の願いを「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」の言葉に込めた。 ウクライナでの戦争や中東紛争で核兵器使用の危機が高まる中、核の使用をタブーとする国際世論の醸成に貢献した。その存在意義はますます大きくなっている。 学術文化部門の長崎大名誉教授、朝長万左男(ともながまさお)さんも被爆者の一人だ。被爆者医療の専門家として放射線がもたらすがんを研究し、核兵器が人体に及ぼす影響は生涯にわたると語る。 「市民一人一人が被爆の影響を理解し、自国政府へ働きかける時代にならないと核兵器はなくならない」。経験に基づく言葉は重い。 熊本県合志市のハンセン病療養所、菊池恵楓(けいふう)園の入所者でつくる絵画クラブ金陽会は社会文化部門で受賞した。 53年に活動を始め、独学で絵を学んだ。国の誤った強制隔離政策で家族や社会と引き離された入所者は「生き抜くため」に描いた。古里や幼少の思い出など、恨みより自由に表現する喜びがにじむ作品は見る人を引き付ける。 社会文化部門の詩人、伊藤比呂美さんは78年に詩集「草木の空」でデビューし、タブーを破る詩と言動で女性詩ブームをリードした。 小説やエッセー、絵本にも活動の場を広げている。本紙の人生相談「比呂美の万事OK」では「相談者を絶対に見捨てない」と、その人が生きていける言葉を探し、読者の共感を誘う。 奨励賞は九州大教授の尾上哲治(おのうえてつじ)さんと、俳優の高良(こうら)健吾さんに贈る。 地質学者の尾上さんは世界を巡り、過去の生物大量絶滅の解明に取り組む。成果は地球温暖化などで将来起こり得る破局への警鐘につながる。 高良さんは表現の幅を広げて、多様な役で魅了する。故郷の熊本との関わりを大切にし、熊本地震からの復興を後押しする活動を続ける。 受賞者の業績は、地域社会と私たちが未来を切り開く力ともなる。たゆまぬ努力をたたえたい。
西日本新聞