「愛着」もあったロシアに向き合い続け…軍事研究家・小泉悠が抱くむなしさ #ウクライナ侵攻1年
またテレビに出ている――。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、ロシア軍事研究家の小泉悠さんをメディアで見ない日はない。わかりやすく冷静な語り口で、戦況や国際情勢の解説を続けてきた。ロシアへの留学経験があり、妻はロシア出身で子どももモスクワで生まれている。プライベートでも縁が深く、多くのロシア研究者と同じように「愛着のようなもの」もなくはなかった。そのロシアが侵攻を始めて1年、どんな思いで戦争を見つめてきたのだろうか。ロシアを見る目は変わったのか。本人に問いかけると、今回の侵攻を巡って2つの「ショック」があったという。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
「長年の友人の悪いところ」をまざまざと見せつけられている感覚
――長年、ロシアの軍事を研究してきた小泉さんですが、今回の侵攻によってロシアに対する向き合い方に変化はありましたか。 小泉悠: ロシア研究者は多かれ少なかれ、ロシアという国に対して好意的な部分がある方が多いんですよ。私もロシアという国が嫌いではなく、愛着のようなものもなくはない。ですが、軍事を見てきた者としては、やはり取扱注意的な存在としてロシアを見てきたので、他のロシア研究者に比べるとショックは少ないです。 特に1990年代から2000年代にかけて2度勃発したチェチェン紛争や、2010年代半ば以降のシリアへの軍事介入でも、ロシアは相当残虐なことをやってきています。なので、今回の戦争で今さら、私が「びっくりしました、ロシアを見損なった」って言ったら、「お前、今まで何を見てきたんだ」という話になると思います。 ただ、別の観点から私がショックを受けたのは、ロシアの行動原理がよくわからないということですね。この戦争はロシアにとって利益がない。「それでもロシアの戦略的な利益がある」という議論を成り立たせることもできなくはないんですが、そうは言ってもロシアという国を我々はどこまで理解できていただろうかと。ある程度、理解するための議論をしてきたつもりではあるけれど、やっぱり理解しきれていなかった。 また、侵攻後1カ月ほどで、ブチャという街で起きたすさまじい虐殺にもショックを受けました。ブチャは2022年4月頭にウクライナ軍が解放していますから、まだ比較的フレッシュな状態の兵士たちが戦争に投入されてすぐああいった行為をやっている。「21世紀の軍隊がまだこれをやるのか。人間って本当に進歩しないんだ」と、とても残念でした。 感覚としては、長年付き合ってきた友人の悪いところをまざまざとまた見せつけられているようなところです。「お前、もういい加減にしろよ」と多くの人は言うのだけれど全く聞いてもらえない、むなしさを感じています。 ――ロシアにいる知人との人間関係に変化はあったのでしょうか。 小泉悠: コミュニケーションできなくなった人もいますが、変わらずにコミュニケーションをとれる人もいます。先日、ロシアの専門家とオンラインで、また話し合う機会がありました。政治的にはお互い話がかみ合わない部分もあったり、向こうが言えなくなっていることもたくさんあったりしますが、変わらずに言葉が交わせて「久しぶりだな」と話ができました。「今、君らの政府がやっていることは認められないけれども、君らを憎みたくはないな」という気持ちになりますよね。 ――ご家族でも今回の侵攻について話をされていますか。 小泉悠: 話しますね。うちの妻はロシア出身の人で、娘もモスクワで生まれています。妻と話し合って何か結論が出るわけでもないし、意見の違いがあって、議論を戦わせているわけでもないですが、夫婦の会話の中で戦争の話というのは増えました。「こんなことがあったらしいね」ということを話さずにいられないですよね。逆に、この状況で僕ら夫婦がこの話を全くしていなかったら、それは意識して押し殺していることになるんだと思います。