「愛着」もあったロシアに向き合い続け…軍事研究家・小泉悠が抱くむなしさ #ウクライナ侵攻1年
ロシアとウクライナ 「近い関係性」を引き裂いた侵攻
――ロシアによるウクライナ侵攻から1年になりますが、今回の戦争をどう見ていますか。 小泉悠: ロシア人とウクライナ人は、お互いロシア語で話ができる人も多いし、双方に親戚もたくさん住んでいます。ロシアの首都モスクワとウクライナの首都キーウの距離は800㎞ぐらいで、日本人の感覚で言うと新幹線で数時間ぐらいなんです。違う民族だけど、全くの違う民族と言われるのも嫌だというような近い関係性でした。 しかし、逆にプーチンは「そういう関係性なのだから、本来、我々は1つの民族なのだ」と言って侵攻し、これまでの関係性をめちゃくちゃに壊してしまった。 ――今回の戦争は現地の生々しい映像が瞬時にSNSなどで拡散されました。 小泉悠: スマホを誰もが持っている時代ですから、現地の情報はものすごく入ってきています。現地でアップされる細かい映像に基づいて、戦況マップを作る人たちもすごく増えていて。そういう意味では、戦場で起きていることに対する我々の解像度は極めて上がりました。でも、あふれる情報をどう解釈するかという部分は依然として、一筋縄ではいかないと感じています。 ――特にどんな場面で、一筋縄ではいかないと感じましたか? 小泉悠: 危ういなと思ったのは「ウクライナが西側に接近しようとするから、ロシアを怒らせてこういうことになってしまったのだ。だからウクライナが軽率であった」あるいは「西側のNATO東方拡大が悪かった」という議論が起こったことです。この議論は一概に、否定できない。確かにロシアはそれをものすごく面白くないと思ってきたし、脅威だと思ってきた部分があります。 でもこの論理だと、中国が台湾に対して軍事的圧力をかける事態が発生した場合、「台湾はもともと中国の一部なんだから、一緒になると言えばいいのに」と、ヨーロッパから言われてしまう可能性がある。その場合に我々はどう返答するのか、というのは考えておかなければいけないでしょう。 また、「ウクライナは非常に汚職が激しいだめな国である」あるいは「ネオナチがいる。だから、こんな国は攻められてもしょうがない」という論調もありました。ウクライナに汚職があるということは誰も隠していませんし、他の欧州諸国と比べてウクライナにいるネオナチの数や、社会全体に占める比率は決して多くありません。どちらも深刻な問題ではありますが、果たしてそれがロシアの侵略を正当化する根拠になるのでしょうか。情報量が多い戦争ですが、今までの状況や背景を把握しないまま議論すると、おかしなことになりがちだなと思いました。