「愛着」もあったロシアに向き合い続け…軍事研究家・小泉悠が抱くむなしさ #ウクライナ侵攻1年
なぜ未だに戦争を止められないのか…冷静に失敗を分析することが必要
――今回の侵攻を巡って、世界ではロシアへの憎悪が広がり、日本でもロシア人やロシア料理店への嫌がらせなどヘイトクライムが見られました。 小泉悠: 大原則として、ロシア政府のやっていることと、ロシア人は区別して考えなければいけない。まして、ロシア語とかロシア文化は全く別の問題です。 でもこの「ロシア政府を憎んでもロシアを憎むな」という言説で難しいところは、プーチンの権力はやはりロシア人の中から出てきたものだということです。もちろん、ロシア人だってこんな戦争を始めてくれとは思っていなかったと思いますが、プーチンのような権力者がかなり好意的に迎えられて、二十数年も権力を維持し、今回こういう戦争に及んでしまった。 なぜ、ロシア人やロシア人の作った社会の中からプーチンが台頭してしまったのか。なぜ、憲法に則って2期で退任させられなかったのか。なぜ、こんな戦争を始めてしまったのか。なぜ、未だに止められずにいるのか。ロシア人を憎むとかそういう意味ではなくて、これはこれで、1つの失敗分析としてきちんと考えなくてはならない。そうしないと、また同じようなことをするロシアを我々は目にしてしまう可能性がある。私はそれを見たくない。現状ですら、もう見たくないんです。 ――今後、この侵略に対して、どう向き合っていくべきだと考えていますか。 小泉悠: この戦争は、戦争が極めて非人道的であることを改めて見せつけるものでした。でも、こんなひどいことをする人間や人間の社会に価値がないのかというとそうではないと私は思います。どうやったらそれを起こさせないのか、そういうことを経験してしまった人たちをどう支えるのかと考えるのも、また人間です。人間の中には邪悪な人間らしさと、善良な人間らしさの両方がある。その邪悪さを何とか、少しでも抑えつけようとする営みを人間性と呼ぶのではないでしょうか。この戦争で試されているのは、そうした人間性なのではないかと思います。 ----- 小泉 悠 1982年生まれ。ロシア軍事研究家。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。外務省専門分析員、未来工学研究所研究員、国立国会図書館非常勤調査員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センターで専任講師を務める。2019年、『「帝国」ロシアの地政学「勢力圏」で読むユーラシア戦略』でサントリー学芸賞を受賞。著書に『ウクライナ戦争』、訳書にD.トレーニン『ロシア新戦略』、共著に『偽情報戦争』など。 文:田中いつき (この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo!JAPANが共同で制作しました)