江戸時代の寺子屋にあった「あやまり役」 教え子の万引き事件で感じた「許し」の知恵
「この姿を忘れないでね」
冒頭の話に戻ろう。 私たちは量販店からスーパーへと向かっていた。 量販店の店長は結局、「出禁」を条件に温情をかけてくれた。 スーパーはどうだろう。 マニキュア1個とはいえ、犯罪は犯罪だ。一抹の不安がよぎったが、店長は温厚だった。 「そうですか、わかりました。こうして来ていただかなければ、気づかないところでした。 お会計だけお願いしますね。ご苦労さまです」 そう言うと、今度はアミさんに向き合い、 「外国で勉強するのは大変でしょう。自分を大切にして、がんばってください。それから、先生のこの姿を忘れないでね」 静かに声を掛け、持ち場に戻って行く。 その後ろ姿に頭を下げていたら、私まで泣けてきた。 帰る途中、湖畔公園に寄った。 芝生の上に並んで座ると、夕陽が水面に映り、きらめきながら揺れていた。 やがてアミさんがぽつりぽつりと話し始める。 アミさんは家族の期待を背負ってやってきた。 実家の生活は苦しい。ある日知り合いから、こんな話を聞いた。日本でアルバイトしながら日本語を勉強すれば、妹と弟たちの学費を捻出できる。大学に進学して卒業後真面目に数年働けば、両親のために立派な家を建てることも夢ではない。 日本語学校に入れたときは嬉しくてたまらなかった。勉強とアルバイトの両立は楽ではないが、一歩ずつ夢に近づいていると思えば、なんでもない。 街にはさまざまな商品やおいしいものが溢れている。それにとにかく便利だ。こんな世界を知らない両親をいつか連れてきてやりたいと、何を見ても思った。 ところが、次第に疲れてきた。渡日のために駆けずり回って両親が工面してくれた費用はかなりの大金だ。返し終わるまでには大分かかる。仕送りのために食費を切り詰め、バイト先の賄いだけで乗り切った週もあった。 そのうちに、街で見かける若者たちが眩しく映るようになってきた。流行のファッションに身を包み、青春を謳歌している。それに引きかえ私はと、初めて自分が惨めに思えた。 その日はスーパーの特売日だった。 目当てのものをカゴに入れレジに向かう途中、化粧品コーナーを通り過ぎようとして、ふと足を止めた。サンプルのマニキュアを塗ってみる。照明にかざすと、キラキラ輝いてきれいだ。 ほしかった。 でも500円あれば、国の家族に好きなものをお腹いっぱい食べさせてやれる。贅沢だ、諦めよう。そう思ってレジに向かおうとするのだが、足が動かない。 そのとき、魔が差した。 店を出てしばらくしても、動悸(どうき)は収まらない。すぐ寮に戻らなくては。そう思うのに、なぜか逆の方向に歩いていた。それからのことはよく覚えていない。気がつくと、量販店で呼び止められていた。