中国で相次ぐ「無敵の人」政府が恐れる“爆発の芽”。豊かな頃から一変、経済不安が渦巻く社会に
2024年に入るとあらゆる統計指標が不景気を示すようになった。2010年代前半から広州市に駐在する日本人男性(52)は、「景気は本当に本当に悪い。不動産、小売り、IT。総崩れですよ。こんなの経験したことがない。底が見えない」と話す。 1990年代の日本経済を知る人は口々に、今の中国を「当時の日本に近い状況」と表現するが、中国人の多くにとって日本のバブル崩壊は他人事であり、「何かあっても政府が助けてくれる」と思い込んで不動産に投資を続けてきた。
現役世代の中国人は初めて「頑張っても報われない」社会を経験している。今の20代は、改革開放以来初の氷河期世代になるかもしれない。 今年6月に蘇州、9月に深センで日本人学校の児童が襲撃され、2人の死者が出た。「日本人を狙った犯行か否か」に注目が集まるが、実際は中国では6月以降、10月末までに子どもを狙った襲撃事件が5件発生している。10月末には北京の小学校前で児童3人を含む5人が切りつけられた。現場は中国のトップ大学やIT企業が集積するエリアに位置する、名門校として名高い小学校だった。
一連の事件で容疑者の詳細な動機はいずれも公表されていない。ただ、容疑者はいずれも40歳以上の男で、事業に失敗した、前科があるなど、人生が順調でないことを示唆する情報もある。 失うものがなく、犯罪を起こすことに何の躊躇もない人を指す「無敵の人」というネットスラングがあるが、中国で相次ぐ子どもを狙った切りつけ事件の容疑者も、「将来に希望を持てない中高年による、社会への報復」と受け止められている。いわば中国版無敵の人だ。
若者の失業率の高さが取りざたされるが、彼らは選り好みしなければ職はある。本当に苦しいのは失業しても転職が容易ではない35歳以上と言われる。 ■若者が起点の抗議活動に不安視 中国政府は一連の事件にどの程度危機感を持っているのか。9月に入って次々に経済対策を打ち出したところをみると、今の社会の空気感を不安視しているのは間違いない。 社会をひっくり返すような広がりのある抗議活動は、概して若者が起点になる。
アラブの春の引き金になったのは、チュニジアの若者による抗議の自殺だった。海外の事例を出すまでもなく、天安門事件も、ゼロコロナ政策に無言の抗議を行う「白紙運動」も、中心に大学生がいた。 上海市当局がハロウィン期間に中心部でコスプレを禁止したと報じられた。中国政府がいちばん恐れているのは、前途ある若者による一見軽そうな「連帯」なのかもしれない。
浦上 早苗 :経済ジャーナリスト