頭部を剣で突かれた遺体は、衣服を剥がれさらしものに…!遺骨が物語る「イングランド王が受けた屈辱」と「深まる謎」
「女系親族」を追跡せよ
「駐車場の王様」のDNA鑑定にあたっては、一つの難題が待ち受けていた。 リチャード3世には遺児がおらず、家系が途絶えていると考えられていたのである。 妻であるアン・ネヴィルとのあいだにできたエドワードは、父の死の前年にあたる1484年に早逝している。側室とのあいだにできた庶子、ジョン・オブ・グロウスターは薔薇戦争の終結後、ヘンリー7世に処刑されて世を去った。もう1人の庶子、カテリン・プランタジネットは、結婚後すぐに死亡しており、リチャード3世の系統は、ここで完全に絶たれている。 遺伝子が受け継がれていないのなら、分析のしようがない。――もはやDNA鑑定をおこなうすべは残されていないのか? 「駐車場の王様」の発掘・解析にあたったレスター大学などの研究チームも、一時は「別人の可能性もある」として、過熱する一方の英国民の期待を鎮(しず)めにかかったほどであった。 このとき、強力な打開策をもたらしたのが、ミトコンドリアDNAである。
Y染色体とミトコンドリアDNA
図「Y染色体とミトコンドリアDNA」は、息子二人、娘二人がいる家族を表している。性染色体によって各人を表すと、母親(性染色体はXX)と父親(同じくXY)から息子と娘ができるわけだから、息子には必ず父親のY染色体が伝えられていることがわかる。 母親の卵子と父親の精子が受精して生殖細胞ができる際には、「染色体の組換え」という現象が起こる。それぞれに由来する染色体のうち、対応するものどうしがならんだ後に中間部分でねじれが生じ、ねじれた部分で切断される。それぞれ相手の染色体の対応する部分どうしが結合することで、染色体が組み換えられるのだ。 同じ両親(すなわち、同じ染色体の組み合わせ)から生まれても、面立ちや性格など、兄弟姉妹間でさまざまに特徴が異なるのはこのためだ。 ところが、X染色体とY染色体のあいだでは通常、組換えは起こらないので、父のY染色体はそっくりそのまま息子に受け継がれることになる。 一方、母親からすべての子に引き継がれるものとして、ミトコンドリアDNAというものが存在する。 ミトコンドリアは、すべての細胞のなかにあって、生命活動に必要なエネルギーを供給するはたらきをもつ器官である。細胞核のなかにあるDNAとは別に、独自のDNAをもっており、これをミトコンドリアDNAとよぶ。 ミトコンドリアDNAは、男性系統で男性にのみ伝わるY染色体とは対照的に、女性系統で男女に伝わっていく。あなたが男性であれ女性であれ、あなたのミトコンドリアDNAは必ず、あなたの母親に由来するものであり、仮にあなたが男性で娘をもっているなら、娘のもつミトコンドリアDNAはすべて、母親から伝わったものなのである。 父親のミトコンドリアDNAはなぜ、子どもに伝わらないのか? じつは、精子の内部にもミトコンドリアDNAは存在するのだが、精子の中にあったミトコンドリアDNAは受精時に切り離され、卵子の内部に入っていけないのである。たまに誤って卵内に入ってきた精子由来のミトコンドリアDNAも、すぐに処理されてしまい、受精卵には残らないしくみになっている。 このため、女系がつづくかぎり、同じミトコンドリアDNAがずっと伝わっていくことになる。