美術品コレクターの「キャバレー王」はなぜわざと“贋作”を購入していたのか 素人が贋作を掴まされない方法とは
贋作を薪がわりにくべていた「福富太郎」
ここで一つ、先達コレクターの収集の極意となるエピソードを紹介しておこう。昭和のキャバレー王と呼ばれた美術品コレクターの福富太郎さんに生前、話を聞いたことがある。美術館の巡回展でコレクションを多数披露するような大コレクターだったので、さまざまな美術商が作品を抱えて日参していた。中には当然のように贋作が混じっていたという。福富さんほどのコレクターになれば、鑑識眼があるから、自分で見極められたのだ。しかし福富さんは贋作だからと突き返すようなことはせず、購入した上で「風呂に薪がわりにくべていた」と話していた。たくさん持ちこまれる 中に混じっている少数の名作を入手するのが目的だった。贋作のみを返していたら美術商が寄り付かなくなり、名作も来なくなるという考えからの行動だった。名作とは一期一会――。そうした姿勢だったからこそ、名コレクションができたのである。「コレクション道」の奥深さが分かるエピソードである。 しかし、福富さんのように振る舞うには、経験と財力が必要だ。それがまだない場合はどうするか。 実は、世の中には安くて素晴らしい美術品が無数にある。作家の知名度がない場合は、値段が高くならないからだ。かのゴッホだって、知名度がなかった生前は、作品が1点しか売れなかった。だから、街のギャラリーで廉価でも気に入った作品と出会ったら、買ってみるといい。狙い目は、現代美術作品だ。現代美術は難しくて分からないという人も多いだろう。しかし、表現は多様であり、その気になって探せば、お気に入りになりそうな作家が1人や2人は見つかるはずだ。版画なら数千円程度からあるし、数万円から数十万円払えば、かなり本格的な作品が買える。安い作品には贋作が含まれている可能性は低いし、現存の作家の作品を直接扱っているギャラリーで買えば、心配は無用になる。そのためには、信用できる現代美術ギャラリーを見つけるのが肝要だ。 かつては画廊やギャラリーといえば、東京では銀座に集中していたが、今は六本木や天王洲アイルにもいいギャラリーが集まっている。今年11月2日、東京・京橋に開業した戸田建設の新社屋はアートスペースを設けた ほか、4軒のギャラリーが入居した。そうした場所を巡って現代のゴッホを見つけるのは、なかなか楽しいことなのではないだろうか。 前編「沸騰するアートマーケットの裏に「贋作の世界」…県立美術館が“6000万円超”で購入も「大物贋作師」の告白で大トラブルに」では、日本で起きた贋作トラブルやフェルメールの作品から、贋作が生まれる背景を解説している。 小川 敦生(おがわ・あつお) 多摩美術大学教授 1959年生。東大文学部美術史科卒業後、「日経アート」誌編集長、日経新聞文化部美術担当記者などを経て、2012年より現職。近著に『美術の経済』がある。 デイリー新潮編集部
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