「ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展」(GYRE GALLERY)開幕レポート。なぜいまボイスなのか?
戦後ドイツ美術の第一人者であり、いまだに多くのアーティストに影響を与え続けているヨーゼフ・ボイス(1921~86)。その作品や活動を現代日本の視点で検証しようとする展覧会「ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展」が東京・神宮前の GYRE GALLERYでスタートした。参加作家はヨーゼフ・ボイス、若江漢字、畠山直哉、磯谷博史、加茂昂、AKI INOMATA、武田萌花。 ヨーゼフ・ボイスはドイツ・クレーフェルト生まれ。脂肪やフェルトを素材とした彫刻作品の制作、アクション、対話集会のほか、政治や環境問題にも介入し、その活動は多岐にわたった。1940年には通信兵として第二次世界大戦に従軍。冬のクリミナ半島に墜落し、生死をさまようも、居あわせた遊牧民のタタール人がボイスの傷を脂肪で手当てし、フェルトで暖を取って救助。この経験がボイスの後の彫刻作品の根幹となっており、素材に従来の石や木ではなく、熱を保持する脂肪やフェルトが用いられている理由だ。 1982年の「ドクメンタ7」で、カッセル市に7000本の樫の木を植えるアクションを展開。このプロジェクトに賛同した人々のように、自ら意思を持って社会に参与し、未来を造形することを「社会彫刻」と呼び、それこそが芸術であるとボイスは提唱した。 亡くなる2年前の1984年に来日したボイス。8日間の日本での滞在中に、ボイスはインスタレーションやアクション(パフォーマンス)、レクチャーや学生との討論会などの幅広い表現方法を通じて「拡張された芸術概念」を提唱したことは広く知られていることだろう。 本展は、現代美術の歴史に大きな足跡を残したボイスの作品・活動を、現代日本の視点で検証するもの。日本の現代作家によるダイアローグ形式の作品構成によって「いまなぜヨーゼフ・ボイスなのか」という問いかけを行う構成だ。 企画者の飯田高誉は、「ボイスは巨匠だが、いまは馴染みがない若い世代の方もいる。ボイスは日本から帰国してすぐに亡くなってしまったが、『社会彫刻』を提唱した彼の作品は、現代でも大きな意味ある」とコメント。本展では、カスヤの森現代美術館の所蔵品から、ボイス自身によるアクションなどで用いられた遺物を展示する装置として作品化された「ヴィトリーヌ」(ガラスケースの意味)シリーズが中心に展覧。いっっぽう、日本の作家たちがボイスから受けた影響、あるいはボイスへの応答が作品を通して提示されている。 展示冒頭を飾るのは、ボイスの代表作のひとつである《カプリバッテリー》(1985)だ。亡くなる直前につくられたこの作品は、レモンと電球で構成された極めてシンプルなものだが、それが人間と自然、社会との関係性を端的に表現している。 この作品の隣には、畠山がボイス来日時に撮影したボイスのポートレイト《ヨーゼフ・ボイス イン トーキョー 1984》(1984)が並ぶ。畠山は当時のボイスについて「率直、分け隔てなく接する人。いつも同じ服を着ているのが秘密めいていて、特別な人だと感じた」と振り返りつつ、「このときの時間が、いまこの壁の上にあると思うと、皆さんに見ていただく意味はあると思う」と語る。 磯谷は、《カプリバッテリー》と対峙するように《花と蜂、透過する履歴》(2018)を見せる。「ボイスの存在に気がついたのは東京藝大に入ってから。現代美術をやるなかで、ボイスの意図がだんだんわかってきた。ボイスの作品は周辺の出来事を含めて成り立っている。私はそこに憧れる」と語る磯谷。赤いガラスの大きな電球のように見える《花と蜂、透過する履歴》は、内部を100kg近いハチミツが満たしている。ボイスがハチミツに興味を持っていたこととも関連しており、わずかな熱で変化し続ける状態が、「彫刻」として閉じ込められている。 カスヤの森現代美術館を設立した若江は、「ボイスが提唱した『拡張された芸術概念』を若い頃から考え続けてきた。現代美術は芸術の実験場。ボイスは政治や社会改革などを扱った。私はボイスに学び、社会実験芸術という考えのもと、作品をつくってきた」と振り返りつつ、「ボイスの重要性は、作品を通じて人間を進化させようとしていたという点にある」と語る。 車の排気ガスが社会問題になっていた1980年代に制作された6点組の《気圧》(1988-89)は、モノクロ写真が車から排出される煤や酸性雨などとともにヴィトリーヌに閉じ込められている。物質を写真と同時に見せることで、普遍的な社会問題のリアリティを、より強固に鑑賞者に伝える。 また《時の光の下に Ⅱ》は、今回の展覧会のためにプランから実作させたもの。アルノルト・ベックリンの《死の島》から着想された本作は、石炭や原発の産業廃棄物の上に島を置くという構図によって、現実社会の構造を示す。 若江の《時の光の下に Ⅱ》に連なるような加茂の《惑星としての土/復興としての土1》《惑星としての土/復興としての土2》(2023)は、除染が終わったばかりの福島の帰還困難区域だった場所を描いたペインティング。地面部分は加茂自らの排泄物を分解させた「堆肥顔料」で描かれている。 かつて74年のアクション《私はアメリカが好き、アメリカも私が好き》で1週間をコヨーテと暮らしたボイス。それと通じるのが、AKI INOMATAの代表作のひとつである《犬の毛を私がまとい、私の髪が犬をまとう》(2014)。共進化してきたとされる人間と犬。飼い主とペットという関係にあるが、それぞれの髪と毛を交換することで、その関係性に変化をもたらそうというものだ。 本展最後を飾るのは武田のインスタレーション《Day Tripper》(2023)。電車のシートを展示室に再現したこの作品では、背景に在来線から見える風景が流れていく。展示室という意識的にものを観にくる場所でデジャヴのように日常風景と出会うことで、展示を見た後の生活にも異なる視点を与えるものだ。武田は「無関心なものに目を向けさせる」という点で、ボイスとのつながりを見せた。 本展では、各作家が「ヨーゼフ・ボイスから、何を問われていますか?」「現代社会に対して、何を問いたいですか?」という2つの質問への回答を寄せており、それらは会場の配布資料で読むことができる。作品とあわせて目を通してほしい。
文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)