城西大・久保出雄太と櫛部監督の絆“自分はこの中で走っていいのかな”勇気づけた一本の電話 同好会から箱根ランナーへ駆け上がった努力の4年生
前回の第100回箱根駅伝を大学史上最高の3位でフィニッシュした城西大学。「監督がいなかったら今の自分は本当にないので」と語るのは、4年生の久保出雄太選手です。同好会からのスタートながら箱根駅伝を諦めることなく目指せた背景には、いつも見守ってくれる恩師・櫛部静二監督の存在がありました。 【画像】第100回箱根駅伝の復路6区を走った城西大学・久保出雄太選手
■サッカー少年から陸上選手へ 城西大学を志したのは、まさかの「赤色が好きだった」
石川県加賀市出身の久保出選手は、2歳上の兄の影響で、小学生の頃からサッカーに夢中。中学も高校もサッカー部に入りますが、高校2年生の時に転機が訪れました。 校内のマラソン大会で優勝し、誘いを受けて陸上部に転部。走ることに楽しさを見いだし、新たな夢を思い描くようになりました。 「コロナで大会がなくなって、まだ陸上を続けたいと考えて、だったら“箱根駅伝”に出たい」 箱根出場を見据えて、ひそかに気になっていた大学がありました。「自分は赤色が好きなので、箱根駅伝の出場校の中でユニホームを見た時に一番輝いていたのが城西大学」と、決め手はユニホームだったそうです。
■同好会からスタートも「わざと監督の前を通って...」地道な努力で念願の入部へ
城西大学に入学しましたが、誰でも駅伝部に入れるものではありませんでした。 高校時代に目立った実績がなく、5000mのタイムも入部条件に届かず。それでも久保出選手は諦めませんでした。 まずは、陸上競技同好会に入り、鍛練を重ねます。練習に励むだけではなく、男子駅伝部・櫛部監督の授業を取り、監督とコミュニケーションを取ることに努めました。 「ジョギングの日でもわざと監督の前を通って“こんにちは~”、“僕走っていますよ”、みたいな(笑)そういうのはちょくちょく増やしていましたね」 そんな地道な努力が櫛部監督の目にとまり、久保出選手は1年生の秋から、駅伝部の練習に参加。すると12月に5000mで自己ベストを高校時代から30秒近くタイムを縮めました。翌2022年の4月、2年生への進級とともに、駅伝部に正式入部が認められました。 「こんなに努力して、チームに入れてほしいという熱量がすごい」と櫛部監督。「私もそうですが駅伝部の選手たちも感じていましたので、そういった選手の存在はチームとしてもおおいに刺激となる。そういった意味で入部させたというのもあります」と、思いを語りました。