なぜ2756億円も払って「めちゃコミック」を買収したのか…日本人は知らない「マンガ産業」の海外での価値
■漫画業界は投資ファンドの波に飲まれるのか、波に乗るのか 業界にとって、ピッコマの600億円という資金調達は驚きでしたが、すでに買収額でその数倍の資金が入りました。これと同等かそれ以上の金額が投下される可能性もあります。投資ファンドの考え方として、合理的とさえ考えられれば、投下資金の多寡は大きな問題ではなく、すべてはリターン次第となるからです。 これまで、出版社を中心にじっくりビジネスをしてきた漫画業界が、大きな波に飲まれるのか? その波に乗るのか? 国内電子コミック市場成長の終着点に、ものすごい次の展開可能性が出てきたように思います。 ■マンガ業界の未来を左右する新勢力、AI翻訳企業の台頭 2024年4月、めちゃコミックのM&Aのニュースと同じタイミングで、もうひとつ今後のマンガ業界の未来を占うニュースが伝えられました。 AI翻訳ベンチャー・オレンジ社が約30億円の資金調達をしたというものです。 このニュースは、プレスリリース自体にマンガが使われ、効果的にメッセージが伝わったことや、プレスリリース後に日本翻訳者協会から、AIによる翻訳に危惧が発信されるなど、話題になりました。現在、日本のマンガは総発行数の2%ほどしか翻訳されておりません。オレンジは、翻訳者との連携でAI翻訳することによって、月間500冊のスピードを実現し、5年後までに5万冊の翻訳をおこなうと宣言しました。これは、1年間でこれまでのトータルの翻訳数に迫るスピードです。 また、その2カ月後の6月末には、先行してAI翻訳事業を行っていたMantraが7.8億円を調達して、オレンジ同様、月間500冊のAI翻訳ペースを目指すと宣言。そしてほぼ同じタイミングで、サイバーエージェントがAIローカライズセンター事業を発表。ローカライズとは、マンガなどの作品を特定の地域に展開するために、宗教や慣習などで問題なく伝わるように調整することを指しますが、その中にはもちろん翻訳も入っており、これもAIで翻訳するという文脈になっていました。 MantraはすでにAI翻訳に取り組んでいる実績のある先行者ですが、サイバーエージェントは、日本のウェブマンガ広告では第1グループ先頭にいる企業ですので、別の意味でマンガ業界と繋がりも実績もある企業です。 オレンジ社のプレシリーズAの資金調達で30億円というのも、これは日本のベンチャー企業の調達史上でもなかなかない巨額の調達だそうで、すごいことです。 前の節で、次の一手として「マンガの海外展開」「ウェブトゥーン」と示しましたが、この両方に極めて重要な役割を果たす、AI翻訳分野に短い間で3社が名乗りを上げました。これは、頼もしい勢力が日本漫画界の海外展開のために大きく始動したといえるのではないでしょうか。 ---------- 菊池 健(きくち・たけし) 一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表 1973年東京生まれ。日本大学理工学部機械工学科卒。商社、コンサルティング会社、板前、ITベンチャー等を経て、2010年からNPO法人が運営する「トキワ荘プロジェクト」ディレクター。東京と京都で400人以上の新人漫画家にシェアハウス提供、100人以上の商業誌デビューをサポートした。同時に、京都国際マンガ・アニメフェア初年度事務局、京まふ出張編集部やWebサイト「マンナビ」などを設立。数年に渡り『このマンガがすごい!』(宝島社)の選者を務める。noteにて毎週日曜日に「マンガ業界Newsまとめ」を発信。共著『電子書籍ビジネス調査報告書2023』(インプレス総合研究所)のウェブトーンパートを担当した。2024年3月に、一般社団法人MANGA総合研究所を設立。 ----------
一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表 菊池 健