日本も他人事ではいられない…自動車産業が傾いたドイツで「いま起きている」悲惨な現実
解雇の波がハンパない!
大船は沈没に時間がかかる。しかも、少々揺れても、乗っている人たちは安心しきっている。問題は、船を操縦している人たちの能力だ。ドイツという大船では船長や水先案内人が無能で、数多の警告に耳を傾けず、暗礁に向かって突き進んだ。そして今、手遅れ。ついに沈没が始まった。 【マンガ】大阪では当たり前の「ビルの中を通る高速道路」に困惑のロシア人ドライバー ドイツの解雇の波が半端でない。 予定されているのが、フォルクスワーゲン(以下・VW)の2万3000人、アウディの4500人、テスラの3000人、フォードの2900人、そして、自動車部品のグローバル企業であるZFが1万2000人、同じく世界的な自動車部品メーカーのコンティネンタルが1万3000人、ボッシュが3760人。 また、世界的製鉄会社テュッセンクルップが1万1000人、ソフトウェアの世界的企業SAPが5300人。さらに、ドイツ銀行が3500人、ドイツ鉄道が3万人で、後者は主に貨物部門だ。不況で生産が落ち、運ぶものが減った。 キリがないのでやめるが、これらは氷山の一角だ。 経済・気候保護省のHPによれば、2023年のドイツの自動車産業の総売上高は、部品メーカーや車体メーカーなども合わせると5640億ユーロで、雇用は合計78万人。そして、自動車産業が傾くと、下請けなど関連会社を含めて19万人が失業するというが、本当にそれで済むのか? 連鎖反応が起こり、そこにくっついている食堂や清掃会社といった中小のサービス業も、運輸会社も、建設会社も、皆、バタバタと倒れるのではないか。そうなれば、ドイツは間違いなく大恐慌となる。 VWがドイツ国内で、2万3000の解雇と3つの工場の閉鎖を検討しているという不吉な噂が流れたのは、24年11月の初めだ。その途端、今までなぜか呑気だったドイツ人も目が覚めた。以来、ドイツではどんどん不安が広がっている。
揺らぐ「ドイツの誇り」
1934年、当時の指導者ヒトラーは、ベルリンで開かれた国際モーターショーで、1000マルクで買える国民車を作ると宣言し、「国民車」計画が始動した。ちなみに、フォルクスワーゲンの意味は、文字通りフォルク(=国民)のワーゲン(=車)だ。 そして、この大プロジェクトを任されたのが、のちのポルシェ社の創立者、フェルディナント・ポルシェ。そして、華やかな国威発揚の掛け声の下、1938年にVW社が創立された。現在のポルシェ社はVWグループの傘下にあるが、両社の関係は長くて深い。 「皆が休みの日にドライブのできる生活を」というスローガンは、生活苦の只中にいた国民を魅了し、アウトバーンもどんどん建設された。ただ、VWケーファー(カブトムシ)が本当に国民車として浸透したのは戦後のことで、1950年の生産が10万台の大台に乗った。頑丈で、安くて、長持ちしたこの車は、まさにドイツの「奇跡の経済復興」のシンボルとなり、5年後の1955年には累計生産台数が100万台を超えた。 つまり、戦後、ホロコーストと敗戦で落ちるところまで落ちてしまったドイツ人にとって、VWは単なる自動車ではなく、繁栄の証であり、自由と平和の象徴であり、ようやく取り戻したプライドでもあった。ところが、今、ドイツ人がこれまで絶対に揺らぐことのないと信じていたそのVWブランドが、実はガタガタだと知らされたわけだから、彼らのショックは大きかった。 実は、VWの解雇と工場閉鎖は、すでにベルギーで先行して起こっている。10月末のニュースによれば、VWの子会社であるアウディのブリュッセル工場では、Q8e-tronというEVを製造していたが、全く売れない。そこで閉鎖が決まり、3000人の労働者が失業の危機に瀕しているという。ヨーロッパ製のEVが、どれも高くて売れないことは周知の事実だ。 今年の夏、新しく売り出されたQ6e-tronの方は、バッテリーを小型にし、賃金の安いメキシコで生産しているため、値段は少し下がったというが、それでもドイツでの定価は、一番安い標準仕様の車でも6万1872ユーロ(約980万円)。