「精神科病院から退院するのが怖かった」長期入院していた男性患者の背中を押したのは、外からの訪問者だった
▽意義と課題の両方がある ただ、事業の実施は自治体の義務ではなく、厚労省によると、本年度中に訪問を始める予定の自治体は19にとどまる。患者への周知もまだ不十分で、誰もがどの地域でも利用できる状況にはほど遠い。 訪問支援員ができることにも制約がある。相談に乗ったり、患者の希望に応じて情報を提供したりすることはできるが、支援員が直接、退院に向けた調整や困り事の解決をすることは想定されていない。「話をしても結局、何もしてもらえない」と患者が思う可能性もある。 事業の導入に関わった国立精神・神経医療研究センターの藤井千代さんは、この点についてこう説明する。 「患者さんはケアを受ける側の弱い立場であり、遠慮などさまざまな理由で本音を言えない、ということが少なくない。第三者だからこそ話せることもある。思いを受け止め、本人が自らの力を取り戻せるよう寄り添うことに、この事業の意義がある」 一方、精神医療に詳しい池原毅和弁護士は事業の意義を認めつつ、こうくぎを刺した。「日本の精神医療には、強制入院や安易な身体拘束といった深刻な人権侵害が多く残っている。そうした構造的な問題に取り組んでいく必要があることも忘れてはならない」
▽取材後記 10年前、ある精神科病院に取材で3日間、体験入院させてもらったことがある。誤解を恐れずに言えば、多くの入院患者は「ちょっと変わった人」という程度だった。「3分の2の人はここにいる必要はないんじゃないか」。そう感じた。きっと今も、日本の精神科病院の状況はそう変わっていない。 その意味で、第三者が病院を訪れるこの事業の意味は決して小さくない。病院側が警戒感を抱く中、関係者が調整に心を砕いて導入にこぎ着けた。「小さく産んで大きく育てる」。そんなふうになってほしい。