「精神科病院から退院するのが怖かった」長期入院していた男性患者の背中を押したのは、外からの訪問者だった
精神科病院に入院している患者の中には、家族と疎遠になっていて、面会者もいないという人が珍しくない。閉鎖的な環境になりがちで、不本意な身体拘束を受けることもある。「退院したくても退院させてもらえない」「病院生活の不満やグチを聞いてくれる相手がいない」。そんな状況が長く続くと、自分の希望や意思を口にする力も失われていく。 患者の頭に磁気刺激を勧めるクリニックの実態、治療代に高額ローン組ますケースも…「発達障害ビジネス」と批判
そこで、外部から福祉職や市民らが病院を訪ね、入院患者と面会するという国の事業が4月から始まった。ほとんど知られていない事業だが、精神科病院に外部の目が入るという意味では画期的といえる。患者への虐待や人権侵害がたびたび問題になる精神科病院に変化をもたらすだろうか。(共同通信=市川亨) ▽病院内のチラシが転機に 「この人たちが来てくれなかったら、俺は退院できなかったと思う」。大阪府茨木市のアパート。1人暮らしする湯浅貴さん(63)=仮名=は3月、看護師の大西香代子さん(72)と久しぶりに顔を合わせると、そう話した。 湯浅さんは20代前半のときに統合失調症を発症。以来、入退院を繰り返し、通算10年以上、入院生活を送った。 ベッドに体を固定される身体拘束や、外側から施錠された部屋に入れられる隔離も経験した。長期間、病棟から一歩も出られなかったという。 転機をもたらしたのは、病院内で見かけたある張り紙だった。認定NPO法人「大阪精神医療人権センター」(大阪市)の相談受け付けチラシ。連絡先に電話すると、センターで面会ボランティアをしている大西さんらが会いに来てくれた。
湯浅さんは大西さんに複雑な気持ちを吐き出した。「退院したい。でも、ずっと病院にいるから、退院するのが怖い気持ちもある」 大西さんは湯浅さんの不安な気持ちを受け止めつつ、「退院したい」という希望をかなえるにはどうしたらいいか、湯浅さんと話し合った。弁護士が成年後見人に付き、退院しても経済的にやっていけるよう親族との関係を調整。その結果、湯浅さんは2020年に退院することができた。 今はヘルパーや看護師が定期的にアパートを訪問し、生活上の支援を受けながら暮らす。「病院は刑務所みたいで、自由がなかった。今は友達に会ったり、買い物に行ったりできる」。そう笑顔を見せた。 ▽25万人が入院、世界の中で異常な日本 大阪精神医療人権センターは40年近く前から、精神科病院への訪問や入院患者との面会に取り組んでいる。患者の希望や改善すべき点を病院側に伝え、精神医療の向上につなげてきた。 この活動をモデルに、今年4月から国が始めたのが「入院者訪問支援事業」だ。