廃屋のような場所で見つけた、神々しい世界──弁当配達とレンズを介し、独居老人と向き合った男の10年
好奇心から始めた弁当配達のアルバイトをきっかけに、独居老人と向き合うことになった22歳の若者。配達人と客という距離感に悩みながらも、いつしかカメラのレンズを向けるように。外からは窺い知れない世界と現実がそこにはあった。このほど、のべ10年にわたる弁当配達時の「交流」をまとめ、写真集を刊行した写真家・福島あつしさん(39)。彼がレンズの向こうに見たもの、葛藤、込めた思いを聞いた。(取材・文:神田憲行/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
廃虚みたいな家ばかり回る、弁当配達との出会い
家のドアを開けると、今まで嗅いだことがないような異臭が鼻をついた。部屋に入るとテーブルや畳の上にほこりがたまり、汚れた食器などが乱雑に置かれている。 「ここに本当に人が住んでいるんだろうか」
福島あつしさん(39)が初めて、お客さんの家を訪問したときの感想だ。福島さんは当時22歳。大阪芸術大学の写真学科を出て、横浜の写真専門学校の研究科に入った。友人と共同生活するためのバイト探しをしていて、無料の求人情報誌で《高齢者専用お弁当配達員募集》という求人広告を見つけた。 「どういう仕事なんだろう」。好奇心から応募して面接を受けて即採用。その場で店長から「じゃあ、これから実際に配達に行くから、一緒に行こうか」と誘われて同行した。 「それが衝撃的でした。もう廃虚みたいな家ばかり回るんです。周りの風景に溶け込んで、生気が感じられない。そんな家ばかりにバイクを止めて、ピンポンを押していく。なかなかお客さんが出てこない家にはドアを開けて入っていっちゃう。お客さんの安否確認も仕事のひとつなので、お弁当は絶対手渡ししなければいけない。だから中に入っていいんだと後からわかりました」 それが2004年のこと。まさかそれからこのアルバイトを10年も続け、さらに今年8月、『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』(青幻舎)として自身初の写真集に結実するとは、本人も夢にも思わなかった。お弁当を運ぶ福島さんとお客さんの老人たちとの交流によって生まれた同書は、貴重なドキュメンタリー写真集となった。