世界的数学者も生み出した、60年以上続く学力コンテストの凄み
ネットの普及がこれほど進んだ現代でも、手書きの通信添削で数学教育を行う雑誌の名物企画がある。雑誌「大学への数学」の「学力コンテスト」だ。60年以上前から難問の挑戦状を全国の高校生に届けてきた。それは読者の学力向上だけでなく、日本の数学研究者育成にもつながっている。同誌編集部と「学コンの伝説」と呼ばれた京大名誉教授・森重文氏のインタビューをお届けする。(取材・文:神田憲行/撮影:鈴木愛子/Yahoo!ニュース 特集編集部)
60年前に始まった名企画
その出版社は東京・広尾の静かな住宅街の一角にある。「東京出版」という社名の看板も小さく控えめで、実際、地図を片手に会社を探して右往左往してしまった。建物の外階段を上がって中に入り、その先の2階に「大学への数学」編集部がある。数学専門誌の編集部なのでホワイトボードに難しい数式が書いてあったりするのかと想像していたが、机が並んだ島が三つあるだけの、意外なほど普通の編集部だった。 「別にここでそんな数学の議論とかしませんから」 同誌編集長の横戸宏紀さん(43)は笑いながら手を振った。
佇まいは静かでも、この編集部には毎月、全国の数学好きの高校生らから熱い答案が寄せられてくる。同誌の名物企画「学力コンテスト」の参加答案である。 同誌は1957年、創業者の故・黒木正憲氏によって発刊された。「学コン」(「がっこん」と発音する)は創業以来の企画である。毎月の雑誌で数学の難問を出題し、読者は答案用紙を切り取って添削料とともに郵送すると、編集部はそれを添削して送り返す。数学に特化した通信添削である。翌々月の雑誌には模範解答とともに成績優秀者の名前が掲載され、年間を通じて優秀者には万年筆などの記念品が贈られる。 「黒木は塾で数学教師をしていました。当時、とくに地方には、塾や予備校が少なく、受験を土台にして数学の楽しさを知ってもらおうとして、この雑誌を創刊したそうです。通信添削という手法も、当時の教育手段としてポピュラーだったようです」(横戸さん)