「人生に幕を下ろしても、お墓は何百年も残る」――墓石デザイナーが見た死生観の変遷
上記の二つの墓は「墓石大賞」を受賞している。「霊園ガイド」などを出版する六月書房が主催する墓石大賞は例年多くの応募があり、特にデザインに優れた墓に与えられる名誉ある賞だ(ここ2年は開催なし)。これらのデザインを手がけたのは、大野屋のデザインチーム。その一人、芦田あさみさんは業界でも珍しい女性デザイナーとして活躍している。 「弊社に墓石デザイナーは私を含めて5人います。取り扱う墓石数が多い会社には、私たちのようなデザイナーの専門家がいることが多いですね。業界を見渡しても女性の同業者はほとんどいないので、女性のお客様からご指名をいただくこともあります」 どこの霊園も、ずらっと墓石が並んでいるが、その多くが似たような形をしているのは、霊園ごとに高さや大きさなどのレギュレーションがあるからだ。 「規定がなく自由にデザインできる霊園では、自由な発想でお墓を建てることができます。規定がある霊園でも、墓石の色や、家名を刻むのかあるいは『愛』などのメッセージを刻むのかなど、カスタマイズできるところも多いんです」 これまで彼女が手がけた墓は、チームで担当したものも含めると3000件以上に上る。 営業チームと一緒に依頼人の希望を酌んだうえで、石の材質や形状から、文字の配置や花立ての位置までを決めていく。墓石の見た目や手触りに関するすべてを請け負うのがデザイナーの仕事だ。石は材質によって値段が変わるし、難しいデザインにはやはりコストがかかる。予算との兼ね合いもあるのでいくつかの案を提示するのが一般的だ。 「簡単に買い換えられるものではありませんから、決まるまでには時間がかかることが多いですね。自分だけでなく、何世代にもわたってつないでいくものですから、みなさん慎重に選ばれます」
墓選びは霊園探しから
先祖から続く墓を持っていない場合は、まず霊園選びから始めるのが一般的だという。 「価格やエリアなどの条件をもとに探される方が多いですね。その次に墓石を決めるんですが、墓石の角を丸くしたり、花立てなどをカスタマイズできるところも多いので、できる限りお客様のご希望に沿えるようにします。完成まで早ければ数週間。長いときは半年以上かかることもあります」(芦田さん) 芦田さんは20歳のときに芸術系専門学校に入学し、プロダクトデザインを専攻。卒業後は家具メーカーの設計部門に4年在籍、その後インダストリアルデザインの事務所で6年働き、現在の会社に転職した。最初は彫刻チームだったが、経歴を買われ現在の部署に異動した。 「意外と難しいのが文字の配置です。2文字か、あるいは3文字なのか。彫刻を担当する部署などと協力して、名字の文字数や画数によって細かくバランスをとります。また石によって強度が変わりますから、それを頭に入れておかないといけません。墓石サイズを表す単位は、令和の時代もいまだにメートルではなく尺寸法(1尺は約30センチ)で、最初はびっくりしました」 手がけた中で思い出深かった墓を尋ねると、「どれも記憶に残っていますが」と前置きしたうえでスペインの建物をモチーフにした墓を挙げた。 「スペインに長くお住まいだったご夫婦はガウディが大好きだったそうで、左右非対称の曲線が印象的なデザインを取り入れたお墓を作ったところ、大変喜んでいただきました。また、私が作ったお墓ではありませんが、小さなお子さんを亡くされた親御さんは、息子さんが大好きだったサッカーボール形の花立てを作られていたのが強く印象に残っています。お墓には誰かの心が必ず込められているんです」