「夜逃げをする人ってどんな人?」好奇心から飛び込んだ夜逃げ屋の世界で見た、“逃げられない人”“追い詰める人”【書評】
世の中には、私たちが思っている以上にさまざまな仕事がある。中には「本当にそんな仕事があるの?」と思いたくなるような業種も。 【漫画】本編を読む
そんなかなり特殊な仕事のひとつ“夜逃げ屋”に身ひとつで飛び込み、夜逃げの仕事を通じてさまざまな人々の姿を描く実録コミックエッセイ。それが『夜逃げ屋日記』(宮野シンイチ/KADOKAWA)だ。 作者は現役漫画家であると同時に、現在も夜逃げ屋の一員として働いている。 当初はどうにかしてマンガで生きていくため、夜逃げ屋という特殊な業界の実録マンガを描こうとした主人公の宮野氏。 だが初対面時の流れからそのまま夜逃げ屋の一員となり、さまざまな現場を経験するなかで、漫画家と夜逃げ屋、どちらの仕事にも真剣に向き合っていく。 本作ではそんな宮野氏が、夜逃げ業で出会ったさまざまな人々のエピソードを描く。 作者自身も最初に驚いていたが、この世界にはさまざまな理由で“自分の力だけでは逃げられない”人々が存在する。同時に、それと同じぐらい“誰かを自分の力では逃げられないほどに虐げている”人間も存在する。 私たちが、日頃まったく気づかないだけで。 夜逃げをする人がごく普通に見えるように、誰かに夜逃げの選択肢を選ばせるほど追い詰める人もまた、平凡な人間の顔をしている。 自分の友人が、家族が、あるいは自分自身が、もしかしたら“そちら側”かもしれない。そんな恐ろしさに気づくこともまた、本エッセイの読み所のひとつとなる。 中には「自分の力で今いる環境から抜け出せない」状況が、そもそも理解できない人もいるだろう。 基本的に、人は自分が経験したこと以外の状況には想像が及ばない。そんな環境があることすら、知らない人が大多数かもしれない。 そんな時、もし目の前に夜逃げ屋を必要とする人が現れたら。 そんな場所からさっさと逃げればいいのに、と簡単に思ってしまうかもしれない。あるいは、「むしろ何が大変なの?」と、当事者に対し非常に無神経なことを言ってしまうかもしれない。 だが、「そんな世界がある」ことを少しでも知っているだけで、無神経に他者を傷つける可能性を減らせる。あるいは自分が相手の力になれるかもしれないし、場合によっては自分が知らず知らずのうちに、加害者になる未来を避けることもできるかもしれない。 そういった点でも、本作は大勢に読まれてほしい作品だ。 最初は作者のように、“夜逃げ”に対する好奇心から手に取っても構わない。読み進めるうちにきっと、本作だからこそ出会える人や世界、そして価値観に気づけるはずだから。 文=ネゴト/ 曽我美なつめ