多肉植物の自生地の姿を再現して育てる「ハビタットスタイル」とは【趣味の園芸8月号こぼれ話・前編】
栽培環境も自生地に近づける
河:別の作例もご覧ください。これはマダガスカルに分布するパキポディウム・グラキリスの自生地を参考にしてつくりました。 編:本当だ。行ったことはないですが、インターネットで見たことのある風景によく似ています。つまり、通常の鉢植えのスタイルではなく、現地に似せた風景をつくるわけですね。 河:これらはすべて実生、つまりタネから育てたものです。まいてから2年ほどたっているでしょうか。岩を組み、表土には砂を使っています。もちろん風景だけでなく、水も肥料も控えめにして、多肉植物やサボテンが実際に育っている環境に近づけるようにします。 編:見た目だけではなく、栽培環境もできるだけ自生地に近づける、ということですか。 河:そうですね。栽培面でも厳しめにします。そうすると生育が非常に遅く、なかなか大きくならないんです。時には皺がよったりもします。肥料はほぼ施しません。でも、時間をかけて厳しく育てることで、本来あるべき自生地の株姿に近づくわけです。例えば、左手前の鉢の株を見ると、露出した根が太く育っています。こうした姿は自生地でもしばしば見られるもので、岩々のすき間に生えたグラキリスの野趣ある姿が表現されています。小さな鉢の中の小さな自然ですね。こうして眺めていると、日本にいながら、マダガスカルの自生地を歩いているようです。 編:今までの栽培方法とは逆の感じがします。ハビタットスタイルの「スタイル」には、栽培のスタイルも含まれている、ということでしょうか。 河:もちろんです。早く大きく育てることとは違い、ゆったりとした自然の時間の尺度で栽培していく。そうして時間をかけて育てた株は、早く大きく育った株とはまったく違う姿になります。自生地の株には、緻密で繊細な、引き締まった独特の美しさがあります。ハビタットスタイルは、そうした美しさに目を向ける入口、きっかけにもなります。
成長のプロセスも楽しむ
河:ハビタットスタイルの栽培では植物が大きくなるのに長い時間がかかりますが、大きさからくる迫力とは別の楽しみがあります。いま見たパキポディウム・グラキリスの寄せ鉢のうち、1鉢だけをじっくり観察してみましょうか。この2株は、どちらも葉の部分を含めても高さは10cmもありません。でも、石や表土の砂を自生地に近いものにすることで、雰囲気のある風景ができて、こんなに小さいのに眺めていて楽しい。何より、まるで自生地にいるかのような気分になれるのが魅力です。 編:パキポディウム・グラキリスは多肉ブームのなかでも人気が集中した種類の一つでしたよね。その要因には迫力のある大きな株がたくさん出回ったことがあったと思います。でも、こんなに小さな株でも楽しめるというのは、発見です。 河:そう、それがハビタットスタイルのよいところです。今までの園芸では高さ10cmに満たないグラキリスは、「早く大きくなあれ、もっと大きくなあれ」と声をかける対象でしかなかったでしょう? 編:購入時の価格は安いけど、おっしゃるとおり、大きくなるまで我慢して育てるものでしかありませんでした。先を見据えてじっと耐える「途中経過」でしかなかった。 河:当たり前のことですが、自生地ではもっと小さな幼苗も育っているわけです。過酷な環境なので、とてもゆっくり時間をかけて大きくなる。この方法では、そうした長い時間の積み重なりも想像しながら栽培を楽しんでほしいと思っています。