「正月が怖い」能登被災者のいまの思い 復旧の遅れに憤りも…“家の再建が復興の始まり” 地震と豪雨の“二重被災”で葛藤続く 小川キャスター現地取材【news23】
子供の頃から住んでいた自宅は、元日の地震で津波が押し寄せ全壊。9月に公費解体で取り壊されました。 梅木俊幸さん 「重機でたたんで潰されていく姿を見ていると、『あ…自分たちの家が…』という感じになりますよね、どうしても。でも、これが私達家族の復興の第一歩なのかなと。まずはここを潰してから、私達が今度ここに新たに家を建てることによって、自分たちの家族の復興が始まるのかなとは思っています」 先へ進むために決めた、自宅の再建。梅木さんは、震災前と同じプロパンガスの配達の仕事を続けています。今は仮設住宅を中心に回っていますが、道路の状態が悪い場所もあり、今まで以上に時間がかかっているといいます。 ただ、仕事中も… 梅木俊幸さん 「地元に残っているのが正解なのか、それとも地元から出た方が正解なのか。仕事で紛らわせたりするけど、やっぱり現実に戻ってしまいますので…」 元日の地震の後も、6月に最大震度5強の地震が発生し、9月の豪雨では自宅近くを流れる鵜飼川が氾濫。自然が牙をむく度、決意が揺らいでしまいます。 梅木俊幸さん 「(家族と)いろいろと揉めました。揉めて揉めて喧嘩みたいにもなりましたし。ここに(家を)建てるという気持ちになりましたけど、地震が来ると「やっぱり…』の繰り返しです」 多くのものを失い、悩み続けた2024年。それでも前に進めたのは… 梅木俊幸さん 「熊本地震のときのボランティアの方が来て、助けていただきました。それを思うと、やっぱり助けに来ていただけるっていうことは、本当に私たち被災者にとって、すごく助かりました。それがなかったら、多分今の私たちはないんじゃないかなと。とにかく復興には時間がかかると思います。私達も行政に要望を出しながら、ゆっくり待ちながら復興をしていきたいなと思います」 ■被災地の“声” 復旧・復興への道は 小川彩佳キャスター: 現地でお話を伺っていて、皆さんがおっしゃっていたのが、ボランティアなどの支援の方々への感謝の言葉でした。大谷地区の避難所の丸山さんも、支援をこれからもお願いしたいという言葉の前に、これまでボランティアなどで駆けつけて来てくださった方々への感謝の言葉を、言葉を詰まらせながら口にされていました。 前を向くために、支援の力がどれだけ大きかったのかということを感じることができました。 ただ、前を向くのもギリギリの状況で、心の傷の深さも同時に感じたような気がしました。 もちろん、被災者の皆さんによって復旧・復興の歩みはまちまちで、一概には言えませんが、度重なる地震・豪雨災害で、傷口が修復の機会を失ったままになり、前を向こうとするとその度に引き戻されるという感覚が皆さんの中にあるようでした。 『正月が怖い』という言葉は、あまりに悲しかったです。