「死にたい」を踏みとどまるきっかけに──専門家に聞く“パパゲーノ効果”の現在地
――支えようとしても、なかには落ち込みの強い人もいます。そういうときは、どうしたらいいですか? 「その場合は、精神科の医師など専門家につないでほしいですね。とくに若い患者さんの中には、衝動性が強い人がいて、あれよあれよという間に、行動を起こしてしまう場合があります。 私の診ていた若い患者さんの例で、あるとき『これまで、ありがとうございました』という電話をかけてきた人がいたのです。その電話に違和感を覚えたので、これはまずいと直感して、すぐに彼の家に行ったことがあります。着いたら、まさにことに及ぶ寸前で、食い止めることができました。 これほど緊迫した場面がたびたび起こるわけではありません。ただ、自殺というのは『孤立の病』と言われます。周囲から孤立していくと悪くなる傾向がある。だからこそ、何か身近な人の変化に気づいたら、誰かにつなぐことを意識していただければと思います」
「3分診療」の精神医療、支援の充実を
「年間自殺者3万人を2万人台まで下げてこられたのは、自殺対策基本法ができて、国や地方自治体が自殺対策を具体的にしたり、社会でセーフティーネットで支える仕組みをつくったりしたことによる成果です。自殺未遂者をフォローしたり、自殺の危険性のある人を見つけていち早く必要な専門家につなげるゲートキーパー(命の門番)の役目ができる教職員や保健師、民生委員などを養成したり、SNS相談ができるようにしたり、いろいろな仕組みをつくりました。これはとても素晴らしいことです。ただ自殺者をさらに減らすためには、精神科領域の支援をもっと充実させる必要があると思っています。 先ほどは、専門家につなげてくださいと言いましたが、日本の精神医療の実態はシビアです。現状として、資源が少ない。『死にたい』という人にじっくり話を聴くには、ある程度の時間が必要です。ところが今、現場は『3分診療』でやらないと回らない。 アメリカでは、1日に10人の患者さんを診たら十分多いと言われる。ところが日本では、30人でも少ないぐらいです。それは精神科医の数が少なく、カウンセリングの保険点数も低いから。そうしないと回らないのです。 欧米では、自殺はメンタルヘルス、精神保健の観点からとらえられるのが一般的です。WHOの調査でも、自殺者の9割以上が、うつ病など精神疾患と診断のつく例だったとされています。精神疾患の治療に力を入れたら自殺はもっと予防できるはずだと私は考えています」