「死にたい」を踏みとどまるきっかけに──専門家に聞く“パパゲーノ効果”の現在地
ゴールデンスタンダードは存在しない
――自殺願望の強弱によって 、パパゲーノ効果に差は出るのでしょうか? 「ニーダークロテンターラー氏の研究では、死にたい気持ちが強い人ではなくて、中程度の人にもっとも効果が出やすいと報告されています。何の問題もない幸せな人にはピンと来ない。『ちょっとつらいな、死のうかな』と思っているぐらいの人に、いちばん効果があるという内容でした。 私も臨床や大学での指導経験から、落ち込みが強くて具合の悪い人には自殺予防の話がかえってネガティブな影響を与えてしまうこともあると感じています。要するに、その情報を発信することで、どういう人がどういう影響を受けるのか。それはつねに考えていかないといけないということですね」 ――苦境を乗り越えた新聞記事や小説、映画などがいいのならば、身近に落ち込んでいる家族や友だちがいたら、それを薦めてみたくなりますが、それはいいのでしょうか? 「パパゲーノ効果には、これをすれば効果があるというゴールデンスタンダードがないのが現状です。だから自分がランボーの詩集を読んで立ち直れたとしても、誰もが詩集に興味を持つわけではありません。それ以前に、相手が自分のことを信頼してくれているかという問題もあります。信頼関係を結べていない人から、『この本で私は立ち直ったから、どう?』と薦められても、効果はあまり望めないと思います」
まずは聴いてあげて、自殺は「孤立の病」
――落ち込む相手を支えたいと思ったら何が必要でしょうか? 「まずは、気づいてあげるということですね。例えば『最近元気ないけど、何か変わったことない?』とか『なんか疲れているみたいだけど、体の調子どう?』といった声のかけ方をしてみる。 もし相手がどんなことで苦しんでいるのかを言ってくれたら、『大変だったね』と耳を傾ける。傾聴といわれますが、話をじっくり聴いてあげる。間違っても『そんな悩みはもっとつらい人からすればたいしたことない』などといった評価をしてはいけません。『離婚したくなっちゃって……』と言われて、『離婚の方法はね』などと具体的な手続き方法を答えるのもよくありません」 「『ほっといてよ』というリアクションをする人もいるでしょう。その場合でも『心配してんのにその態度なに!?』などと突き放さないで、『そうか、ほっといてと思うぐらい、つらいんだね』と寄り添ってあげてほしい。 傾聴というのは、信頼してもらうための一つの戦略なんですね。『聴く』行為によって、あなたのこと を気にしているという気持ちが伝わるからです。 気の利いたことを何か言わなきゃと思うかもしれませんが、そんな必要はありません。かける言葉が思い浮かばなくてもいいのです。ただ聴く姿勢が大事だし、その姿勢を崩さないでほしい。人間って解決能力を持っているので、時間はかかるかもしれませんが、少しずつ前向きになる人はいます。そうなるまでつなぎとめて、支えてあげてほしいですね」